第8話10奇妙な雰囲気
暗闇に潜む異変
「やっぱり……怪物がいるな。」
ニックスは眉をひそめ、洞窟の奥に広がる異様な光景をじっと見つめた。だが、何かがおかしい。怪物の気配は確かに感じるのに、いつものような唸り声や威圧感がない。むしろ、静かすぎる——。
「なんか変だぞ、ニックス。ちょっと先に様子を見てくる。」
そう言って、フィードは慎重に前へ進んだ。足元に転がる黒い影のようなものに目を凝らし、ゆっくりとかがみ込む。そして、その場で息をのんだ。
「……やっぱり、おかしいと思ったんだよ。」
低く呟きながら、洞窟内に倒れ伏す怪物たちを一体ずつ観察する。
「これらの怪物——もう全員、死んでいる。」
「なに?」
ニックスも慌てて近寄り、フィードの視線の先を見た。そこには、まるで一瞬で息の根を止められたかのように、静かに横たわる巨熊怪の死骸がいくつも転がっている。その体には深く鋭い傷が刻まれ、まるで戦う間もなく、圧倒的な力で葬られたようだった。
「全部誰かに殺されたのか……? こんなに手際よく一掃するなんて、それをやった奴は相当な腕前だな。」
ニックスは喉を鳴らした。
「最低でも、流水二段クラスの実力者じゃないと、こんなことはできない。」
「フィード、すごいな。まるでプロみたいな分析だ。」
ニックスは感心したように言ったが、フィードは冗談めかして肩をすくめた。
「はは、先輩たちから学んだ技術さ。でも、警戒は怠るな。」
その瞬間——
「フィード! 右だ!」
ニックスの鋭い叫びと同時に、フィードは素早く身を翻した。
そこには、一体だけ息を潜めていた巨熊怪が、血走った目でこちらを睨みつけていた!
「安心しろ、ちゃんと気づいてる。」
フィードは冷静に呟くと、相手の一瞬の隙を逃さず——
「おらっ!」
鋭い肘打ちを、巨熊怪の腹部へと叩き込んだ!
ドゴッ!
鈍い衝撃音が響き渡る。強烈な一撃を受けた巨熊怪は唸り声をあげながら数メートル後退し、巨体を揺らしながらよろめいた。
「フィード!」
ニックスが思わず叫ぶが、フィードは余裕の表情で肩を回しながら答えた。
「大丈夫、任せろ。」
彼は軽く息を吐くと、拳を強く握りしめた。
「ところで、ニックス。お前はまだ俺の戦闘スタイルを知らないよな。」
ニックスが一瞬きょとんとしたその時——
フィードの左拳が鋭く唸りを上げ、巨熊怪の顔面に向かって振り抜かれた!
バキッ!!
強烈なフックが決まり、さらに続けざまに右拳を握りしめる。全身の力を込め、一瞬の溜めの後——
「喰らえ!!」
右ストレートが炸裂!!
その一撃は雷のような速さと重さを兼ね備えており、巨熊怪の顔面を真正面から打ち抜いた。
ズガァァァン!!
轟音とともに巨熊怪は吹き飛び、背後の石壁へと叩きつけられる。岩が砕け、粉塵が舞い上がる中、怪物の巨体は力なく地面へと崩れ落ちた。
フィードは拳を軽く振りながら、不敵な笑みを浮かべる。
「俺の戦闘スタイルはな……近接格闘——もしくは、『ボクシング』って呼んでもいい。」
ニックスは息を呑み、目の前で繰り広げられた圧倒的な力技に驚きを隠せなかった。
「すごい……。」
フィードは肩をすくめ、にやりと笑う。
「それより、俺たちはかなり運がいいみたいだな。ほとんどの怪物はすでに片付いてる。このまま証拠を持ち帰れば、楽に報酬がもらえるぞ。」
だが——
「いや、慎重に行こう。」
ニックスは冷静な声で言い、改めて周囲を見渡した。
「……これらの怪物を倒した奴が、まだこの近くにいる可能性がある。」
「……!」
フィードの表情が引き締まる。
「もしそうなら、俺たちはとんでもなく厄介な相手と遭遇することになるかもな。」
二人の間に、緊張が走った。
洞窟の中は相変わらず静寂に包まれていたが——
その静けさこそが、何よりも不吉な兆候に思えた。




