第2話 夕焼け村01
激闘の果てに、ニックスの腹部にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
鮮血が地面を濡らし、彼の視界は次第に暗くなっていく。世界がぼやけ、意識が遠のく中、靴音が静かに近づいてきた。
霞む視界の中で、一人の少女が彼の前に立つ。月光に照らされたその姿は儚げで、揺れる瞳には明らかな不安が滲んでいた。
「あなたは……誰?」
彼女の声が、夜風に紛れながらもはっきりと耳に届く。
だが、ニックスは返事をすることもできず、意識の闇へと沈んでいった——。
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再び目覚めたとき、ニックスは温かな木の小屋の中に横たわっていた。
ぼんやりとした頭で、ゆっくりと天井を見上げる。壁は独特な木材でできており、中央には淡い青色のルーンが埋め込まれていた。光がゆらゆらと揺れ、まるで呼吸するかのように部屋を静かに照らしている。
(……ここはどこだ?)
思考を巡らせながら、ニックスは反射的に手を伸ばし、剣を探す。だが、手探りしても鞘の感触はなく、代わりに柔らかな毛布が指先を撫でた。
不安が胸をよぎる。
その時——
コツ……コツ……
外から足音が聞こえた。
瞬時に全身の神経が研ぎ澄まされる。ニックスはとっさに目を閉じ、寝ているふりをする。耳を澄ませると、低い声で誰かが話しているのが聞こえた。
(……誰だ?)
疑念を抱きながら、慎重にベッドから降りる。床板がわずかに軋む音を飲み込み、つま先で静かに歩を進めた。会話の内容を聞こうと、ドアへと近づいていく。
だが——
——バンッ!!
突然、扉が勢いよく開き、壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
想定外の大音響に、思わず身体がびくりと跳ねる。腹部に鋭い痛みが走り、ニックスは呻き声を漏らした。
「あぁ、痛ぇ……!」
歯を食いしばりながら顔を上げると、ドアの向こうに立つ人物と目が合った。
それは——
あの時、彼が意識を失う直前に見た少女だった。
彼女は驚いたように目を見開き、その中には心配の色が浮かんでいた。だが、ニックスがしっかりと彼女の顔を捉える前に、再び傷口から鋭い痛みが襲い、顔をしかめる。
「この患者さんは、じっとしているのが苦手なようですね。」
少女はため息混じりに呟くと、静かに彼のもとへ歩み寄った。
ニックスは苦笑しつつも、無理に笑顔を作りながら問いかける。
「……ここはどこだ?」
少女は微笑んだ。が、それはほんの一瞬のことだった。すぐに真剣な表情に戻り、鋭い視線で彼を見据える。
「その質問に答える前に、まずあなたに聞かなくちゃいけないことがあるわ。」
「どうしてあなたは、この村の外れで倒れていたの?」
ニックスはわずかに眉をひそめる。
「それは……」
言葉を探しながら、彼は少し困惑した表情を浮かべる。
「正直に言うと、俺自身もなぜここにいるのかよく分からない。お前たちが何か知っているのか?」
彼は続けようとした——だが。
「——あなた、転生者でしょ?」
少女は鋭い声で言い放った。
一瞬、空気が張り詰める。
ニックスは反射的に彼女の顔を見つめた。
「なぜ、そう思う?」
少女は一歩前へと踏み出し、その瞳に揺るぎない確信を宿したまま、言葉を続ける。
「魔法であなたの記憶を視たのよ。」
「そこに映っていたのは……あなた自身のものではない、まったく別の"存在"だった。」
「だから、私たちはあなたが"転生者"ではないかと疑っているのよ。」
静寂が落ちる。
ルーンの光が揺らぎ、部屋の空気は一気に緊張感を孕んだ。
ニックスは息を呑み、少女を見つめる。
(——転生者? 俺が……?)
彼の中に、拭いきれない疑問と、得体の知れない不安が渦巻き始めた——。