第55話 01 風の香り
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バイスタは、遠くで渦巻くエネルギーの波動を見据え、その眼差しに一瞬の期待が閃いた――あの一撃で、敵を完全に葬り去ることができれば、と。
だが、彼はよく分かっていた。その期待がただの一瞬の幻に過ぎないことを。心の奥底では、既に結論は決まっている――無理だ。あの程度の威力で、この戦いを終わらせることなど絶対にできはしない。
すぐさま思考を切り替え、鋭い鷹のような視線で戦場を掃く。探すのはただ一人――あの少女の姿。
彼女さえ見つけ出し、この場を覆う幻術を解けば、勝利は掌中のものとなるはずだった。
だが、その瞬間――突如として風が巻き起こり、空気そのものを切り裂くような圧迫感が襲いかかる。
バイスタの全身に警戒が走り、ほとんど反射的に防御へ移ろうとしたが、反応しきるよりも早く、一撃の重い蹴りが彼の胸を直撃した。
その衝撃は疾風と一体となり、まるで暴風に巻き上げられた巨木が叩きつけられたかのように、彼の身体を宙へと吹き飛ばす。
体勢を立て直す間もなく、三条の風刃が追撃する。
それは空気を裂き、猛獣の爪のごとき軌跡で地面を抉り、土塊と石片を空へ舞い上げた。
土煙の中、長い翠の髪を揺らし、男は再び元の位置へと静かに立っていた。
一歩たりとも後退せず、戦いの衝撃で裂けた外套の隙間から、その輪郭が露わになる――
引き締まった腰、無駄のないしなやかな筋肉は彫刻の細線のように精緻で、過剰ではないが、そこに宿る力は一目で分かる。
その素顔もまた、隠しようがなかった。
深い碧緑の瞳は、森奥の湖が風に揺らめくような静けさを湛え、暗くも澄んでいる。
鼻梁は真っ直ぐに通り、顔の輪郭は鮮やかに際立つ。
薄く引き結ばれた唇、その端にかすかに浮かぶ弧は、冷淡さと無頓着さを同時に含んでいた。
肌は冬の月明かりを氷上に落としたような冷ややかな白。
孤高で、静謐でありながら、確かに人を惹きつける死の香を纏っている。
肩まで届く長髪は、風に乱れながらも層を成し、性別の境界を曖昧にしていた。
それがかえって、不羈な空気を漂わせる。
彼はゆるりと目を細め、平坦な声に微かな愉悦を滲ませる。
「やはり……私の感覚は間違っていなかったな。今日の風は、いつもよりずっと清らかだ。」
その視線は空気を越えて、バイスタを真っ直ぐに射抜く。
唇の端がわずかに上がり、続けた。
「そしてお前の攻撃が、この風をさらに特別なものにした……まるで魅了するようにな。そうは思わないか?」
そう言うと、彼は両腕を静かに前へ差し出し、掌をわずかに開く。
まるで目に見えぬ至宝を捧げ持つかのように、虚空を見つめ――風そのものを掌中に収めようとしていた。
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