第54話 11 風ノ囁キ_v2.31β
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エリーサは、絶え間なく姿を変える奇妙な光景の中を漂い続けていた。
その表情には、深い困惑の色が浮かんでいる。
――おかしい……。
心の中でそう呟く。過去、数え切れないほどの幻術を経験してきたが、これほどのものは一度もなかった。どんなに精巧でも、これまでの幻術はいつでも破れる薄い絵布のようなものだった。だが今回は違う。周囲の全てが、まるで呼吸し、脈打つ本物の世界のように、巧みに織り込まれた立体迷宮そのものになっている。
そう考えた瞬間、視界が急激に切り替わる――
エリーサは、いつの間にか高くそびえる草壁に囲まれた迷宮の通路に立っていた。四方は腰の高さまである緑の波が風に揺れ、ささやくような音を立てている。
「たしか……左の壁に手を添えて歩き続ければ、出口に辿り着けるはず。」
小さく独り言を呟きながら、彼女は左側に手を沿わせ、ゆっくりと歩き始めた。
だがその時、迷宮が不気味に歪み始める。草壁の表面が引き延ばされ、盛り上がり、やがて巨大な獣の胴体へと変貌していく――粗くざらついた鱗が湿った光沢を帯び、微光の中できらめいた。
次の瞬間、空そのものを呑み込むかのような巨大な顎が、正面の空間を引き裂いて迫り、エリーサを丸ごと呑み込んだ。
どんな怪物かを見極める暇さえなかった。
――だが、痛みはない。
代わりに、耳元を軽やかな風がかすめ、まるで彼女を抱き上げるかのように感じられた。
再び視界が焦点を結ぶと、そこは広大な庭園だった。
視界の果てまで花々が咲き乱れ、深紫、緋色、雪白、黄金――幾千の色彩が大地を覆い、まるで天空の絵の具をそのままぶちまけたかのように、鮮烈な波を織りなしている。花の香りは濃密で、ほとんど液体となって空気の中をゆっくりと流れていた。
庭園の中央には、彫刻を施された長椅子が静かに佇んでいる。エリーサは歩み寄り、腰を下ろし、周囲を見渡した。
「……おかしいわ。どうして空間がこんな形に?」
小声で呟く。
だがすぐに首を振る――今は疑問を抱く時ではない。最優先すべきは、脱出の方法を見つけることだ。しかし、この空間はあまりにも早く姿を変える。見えない手が境界を次々にかき乱し、終わりを探そうとしても見つからない。
これだけ多くの人を閉じ込められる幻術……その術理は極めて高度だ。自分の力だけで正面突破するのは、まず不可能。ならば――内部から破壊するしかない。
その考えが、炎のように脳裏で燃え上がる。だが同時に理解していた。制御を誤れば、自らをも傷つける危険があることを。それでも、退く道はない。試すしかない。
周囲の光景が再び沸き立ち、解体され始めた瞬間――
エリーサは魔法杖を高く掲げ、その先端に潮のように魔力を集めた。
炎魔法《火海》!
刹那、轟々たる炎が四方を包み込み、彼女はまるで炎でできた大海の中心に立っているかのようだった。熱波がうねり、焔の色が彼女の頬を赤く染める。火の海は猛り狂い、幻術の境界を叩きつけ、ついに虚空に深い裂け目を刻む。
エリーサの心臓が大きく跳ねた――成功……!?
だが、裂け目からあふれ出したのは脱出の道ではなかった。
それは、冷たく輝く無数の数字コードの層。細かな雨のように舞い落ち、再び周囲を奇怪な光と影の帳で覆い尽くしていった。
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