第54話 10 今日は風がとても爽やかだな
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バイスタの立つ戦場に、突如として不穏なざわめきが走った。
四方の風は徐々に速度を増し、まるで目に見えぬ巨獣が深く息を吐き吸いしているかのようだった。湿り気を帯びた冷たい息吹が、肌の一寸一寸を撫でていく。
「今日はいい風だと思わないか? 山頂の夜明けに吹く、一番最初の清らかな息吹みたいだ……ただ、あんたがいるせいで少し厄介になっちまうけどな。」
長身の男は笑みを浮かべ、軽くからかうような声音で続けた。
「厄介ごとはよくない。風のように自由でなきゃいけないだろ?」
次の瞬間、狂ったような風浪が長鞭のごとくバイスタを打ち据える。空気は鋭く裂ける音を響かせたが、バイスタの足取りは微動だにせず、むしろ烈風に焚きつけられたかのように速く、鋭くなっていく。剣が振り抜かれ、光の軌跡が風の幕を断ち割った。
長身の男の目が細くなる。足元で旋風が炸裂し、彼の身体を矢のように空へと弾き飛ばした。宙に浮かぶその両手には、ほとんど透明で光を歪ませる三つの風の球が形を成す。耳を裂くような唸りと共に、それらは一瞬でバイスタへと放たれた。バイスタは体を捻って難なく回避――しかし次の瞬間、背に無形の大槌が叩きつけられたような衝撃が走る。
轟音とともに、小型の竜巻が瞬時に生まれ、彼を空へと巻き上げ、遠くへと放り投げた。天地が目の前で激しく回転する。地に降り立った長身の男は口元を吊り上げる。
「……風の違いが見えるってのか? さすがは“最強”だ。今の風速、五十キロは軽く超えてたぞ……次は方向を固定して、一気に叩き込めば終わりだ――」
言葉の途中、バイスタは幽霊のように背後へ現れていた。靴底の泥が空へ飛び散り、常識外れの爆発的な加速を物語る。男の胸に冷たい警鐘が鳴り、即座に風の加護を纏って身を翻す。
「俺の竜巻を解いて、二秒以内にここまで……? お前……人間じゃねぇな! その反応速度も、洞察も――」
「違う。」バイスタの声は鋼のように冷たく響いた。
「俺はただの騎士団長だ。」
刃のような視線が突き刺さり、剣の切っ先に極光の輝きが宿る。
「お前が使っているのは風魔法じゃない。周囲に潜んでいる風の精霊を操っているだけだろ? 自分の魔力で生み出すんじゃなく、外の存在を制御している……だからこそ――俺はもっと本気を出す!」
言い終えるや否や、バイスタの剣が再び振り抜かれる。
遠くから見れば、それは天を貫く眩い極光となり、まるで空そのものを真っ二つに裂くかのようだった。
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