第54話 09 心臓まで1センチ
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俺は徐々に彼女の切り札を見極めつつあった――それは、不気味で不安を掻き立てる能力だった。
彼女は、自らの「鏡像」を虚空から生み出すことができる。その鏡像は、必ず俺の背後に現れ、彼女と正反対の位置を正確に取る。
確認できたのは、その鏡像が本体と全く同じ攻撃力と速度を持ち、動きも一挙手一投足まで完全にコピーするということ。それ以外は、まるで霧に包まれた謎――底も尽きも見えない。
「やっぱり後ろも見えるんだね……」
耳元で、興奮を隠さない声が弾ける。
「君の感知力の噂は前から聞いてたけど、実際に見るとやっぱり面白い。早く妹に会いたいんだ――だからまずは君を片付けないとね」
イリラが再び疾る。案の定、前方からの一撃を弾いた直後、背後から寸分違わぬ斬撃が迫る。その気配は死神の冷たい指のように、背骨を這い、後頸まで這い上がってくる。
俺は即座に回防。二撃目の刃は下から切り上げる軌道――剣を掲げて受け止めると、重厚な幽鬼の鎧が頭上に盾となって凝縮し、鋭い衝撃音と共に背後の奇襲を防ぎ切った。
――やはり。彼女が動けば、鏡像も動く。動きのリズムさえ掴めば、防御を先に敷くことで背後の脅威は無力化できる。
さらに言えば、俺が攻撃に転じた瞬間、彼女は防御に回り、鏡像も手を止める。
つまり、彼女の戦術は生まれつき「攻撃者」であることを強いられている。主導権を握り続ければ、こちらが優位に立てる――
だが、先手を取られた時が危険だ。
今、彼女が再び間合いを詰める。刃が疾風のように唸り――
「半月!」俺は低く呟き、剣閃が弧を描いて彼女の太刀を正面から受け、次の瞬間、刀身から爆ぜる気浪が彼女を吹き飛ばした。防御からの反撃は成功だ。
――今だ。「円月」なら、全方位を覆う環状の斬撃で、背後の鏡像もまとめて粉砕できる。
次の一手が防御なら、この勝負はもらった――!
「円月!」
完璧な弧を描く一閃が背後を薙ぐ。だが、手に伝わる感触は予想とはまるで違った――重く、硬く、そしてどこかで感じたことのある嫌な感覚。
振り返った瞬間、息が止まる。
そこにいたのは、イリラの鏡像ではなく――俺自身だった。
――しまったッ!
反応する間もなく、空気そのものを裂き砕くような魔力の奔流が俺を地面に叩きつける。胸が潰れそうな圧迫感、耳の奥で鳴り響く轟音。
イリラはその隙を逃さない。矢のような速さで踏み込み、刃先と俺の胸の間には、もはや一寸の距離もなかった――
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