第54話 07 海綿のように柔らかい
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そもそも、すべては計画通りに進むはずだった。
当初の戦術は単純——大軍を正面から突撃させ、敵主力の火力を引きつけ、その隙に自分が後方から静かに進軍し、前後から挟み込む布陣を完成させるはずだった。だが、周到に思えたその布石は、皮肉にも裏目に出た。結果として、単独行動を取った自分だけが、彼女の幻術から抜け出してしまったのだ。
そうだろう? しかもどうやら、彼女は幻術を維持している間、こちらに直接攻撃を仕掛けることができないらしい。
「まったく、想定外だな……」バイスタは低く呟いた。
高身長の男が少し離れた場所で、退屈そうにあくびを噛み殺す。
「やれやれ……これは面倒になった。本当ならまとめて捕らえるつもりだったのに……逃げた魚が一匹——いや、二匹か」
バイスタは目を細め、迷うことなく王のモードを解放した。
瞬間、重厚な大剣が極光のような輝きに包まれる。剣身から溢れ出す光は、夜空を裂く寒色のオーロラの帯のように揺らめいた。
「……美しい極光だ」 一瞬だけ感嘆が胸をよぎるが、それもすぐに戦意へと変わる。
「だが、この色は……なぜオーロラのようなのだ?」
無駄な言葉はもういらない。足を踏み込み、光焔を纏った剣閃が一直線に男へと襲いかかる。
しかし、相手は依然として両手をポケットに突っ込んだまま、微動だにしない。まるでこの一撃の結末をすでに知っているかのように——。
予想通り、大剣は見えない壁にぶつかり、空気が砕けるような鈍い音と共に光の粒子が風に散った。
——危険だ。
バイスタの瞳孔が一瞬で収縮し、電光のように身を翻す。次の瞬間、彼が先ほど立っていた地面が蜂の巣のように穿たれ、まるで散弾銃で掃射されたかのように土煙が舞い上がった。
「見えただろう——いや、感じ取ったか?」
男の声は軽く、どこか愉快そうだった。
「ああ……お前は本当に厄介だ。なぜそんなに強い? しかも力を温存して、本気で攻める気もない……そうなると、これは長期戦だな。面倒だ……俺はな、持久力がないんだ。時間が長引くと……すぐ退屈してしまう」
彼は独り言のように呟き続ける。
バイスタは眉をひそめた。
——風、か。
先程の死の予感と共に、周囲の風速がわずかに変化したのを感じた。しかし、それは痕跡を残さない、視認すらできない一撃だった。これは風魔法……いや、それ以上に隠密で、不可視の殺意だ。
同じ頃、幻術の中では——。
エリーサはただひたすらに落下していた。底知れぬ暗黒の中、身体は重力に引かれるまま深く沈む。だが、次の瞬間、柔らかく弾力のある何か——まるで海綿のような感触——にぶつかり、その反動で弾き返される。
視界が一変し、彼女は長い階段の上に立っていた。
「……私……いま……何をしているの?」
その呟きは、幻境の中でかすかに反響して消えていった。
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