第54話 05 姉妹
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群衆の隙間から、ニックスはついにエリーサたちの姿を捉えた。
その瞬間、霧が風に押し戻されるように、幽霊の虚像が凝縮して形を成し、ゆらりと現れる。半透明の身体がニックスの横に寄り添い、蒼い光を宿した瞳が不遜に細められた。
「ようやく目を覚ましたな、小僧。感謝するんだな――お前が気を失う直前、本大爷が空間の扉を開けてあの娘を外に出してやったんだ。そうでなきゃ、まだ夢の底で寝てただろうよ。」
ニックスの胸が僅かにざわめく。「でも……もし外で危険に遭ったら――」
幽霊は鼻で笑った。「ふん、心配するな。経ったのはせいぜい一分ほどだ。」
周囲は依然として静まり返り、戦いの焦げた匂いだけが空気に残る。ニックスは素早く辺りを見回し、敵影がないことを確かめると星に向き直った。
「空間に戻れ。ここは危険すぎる。」
指先がひらりと動き、水面のように揺らめく空間の扉が現れる。だが星が踏み込もうとした刹那、視界の端で鋭い閃光が走った。ニックスの神経が一瞬で張り詰め、反射的に星を引き戻し、その小さな身体を腕で覆い隠す。
同時に、彼の足元に新たな空間門の紋様が走り、銀蛇のように絡みながら光を放つ。星は再び光の中へと呑まれていく。
「大丈夫だ、何も起こらない。」低く囁き、扉は静かに閉ざされた。
ふと、腕に鋭い痛み。視線を落とせば、そこにはじわりと滲む赤。
その時、冷ややかでありながら妙に甘やかな響きを帯びた声が、前方から降ってきた。
「まさか……まだ目を覚ましている者がいるとは。」
その声には、常軌を逸した静けさと薄い嘲りが混ざっていた。ニックスが顔を上げると、視線はまっすぐその女と交差する。
「おかしいわね……私の妹の魔法に例外はない。全員、眠りに落ちるはず……」
低く呟きながら、彼女の声色は鋭さを帯びていく。
「予想外は困る……理屈に合わない。即座に処理しなきゃ。もし私の可愛い妹を傷つけたら……許さない。」
そして、ふっと口角を上げると、声を張り上げた。
「そこにいる雑魚ども、よく聞きなさい――私の名はイリラ。」
その名を告げると同時に、彼女はゆっくりとフードを外した。黒のレザージャケットは切れ味のあるシルエットで、光を吸い込みながらも裾が細い腰に沿って美しいラインを描く。その下には肌に吸い付くようなボディスーツがあり、しなやかで力強い曲線を余すことなく際立たせていた。
漆黒のストッキングは薄氷のように透け、わずかな光を受けて冷たい光沢を返す。右脚には鋏を象った紋章のついたガーターが輝き、鋭い気配を漂わせる。顔立ちはやや丸みを帯びて可愛らしいが、その声音が与える印象は真逆だった。
前髪は額を覆うように落ち、後ろ髪は首筋にかかる程度。黒髪の奥には深紅が滲み、まるで夜闇に溶ける血のように染まっている。
ニックスの瞳が細くなり、警戒が一層深まる。
イリラは小さく息を吐き、危うい笑みを浮かべた。
「さあ……さっさと終わらせましょう。妹が待っているのよ。」
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