第53話 16 すべての賭けは、すでにテーブルの上に
---
バイスタがニックスを目にしたその瞬間、瞳孔が鋭く収縮した。
「ニックス?!お前……なぜここに……帰ったはずじゃ……」
言葉を終える間もなく、彼の視線はニックスの胸元へと釘付けになる。
新しい包帯に覆われた傷がはっきりと見え、その下からは未だ癒えぬ血痕が滲んでいた。
「……怪我してるのか?」
バイスタは眉をひそめ、どこか焦りの色をにじませながら問い詰めた。
「まさか、襲われたのか?他の者たちは?村長や村の人々は……無事か?」
ニックスはすぐさま手を振り、抑えた声で静かに応えた。
「安心してくれ。みんな無事だ。誰も傷ついていない。あの組織……まあ、“善”とは言い難いが……少なくとも、自分たちなりの“ルール”はあるようだ。無差別には殺さない。」
その言葉の後、彼は一瞬間を置き、目を伏せて低く告げる。
「それに……奴らは、もう一つ目の“魔法石”を手に入れている。」
その瞬間、空気が凍りつく。
国王の表情が一変し、バイスタも驚愕のあまり思わず声を上げた。
「なんだと?!それを誰が……!」
「落ち着いて。騎士団の誰かが漏らしたわけじゃない。」
ニックスは冷静に続けた。「“奴ら”自身が……私に直接そう告げたんだ。」
その裏で、ニックスの心はざわめいていた。
──この情報は、偶然などではない。
彼らが魔法石の話を口にしたのは、欲しているのが「星」であることの暗示。
そして何より、彼らに知られてはならないのは――星と魔法石の“本当の関係”。
その瞬間、数日前の記憶が、鮮やかに脳裏をよぎった。
あれは王都に戻る前夜、焚火の炎が揺れる静かな夜だった――
「……お前、魔法石を持ってたのか!?」
エリーサ、フィード、シャーの三人が、まるで示し合わせたように声を上げ、驚愕と戸惑いの眼差しを向けてくる。
「シッ……声を抑えて。」
ニックスは慌てて声を落とし、テントの中で眠る星を振り返った。
「彼女を起こしたらまずい。」
ふうっと静かに息を吐き、どこか複雑で、少しだけ後ろめたい眼差しを落とす。
「……ああ、そうだ。俺は魔法石を一つ持っている。黙っていたのは、直感的なものだ。もし君たちも知っていたら、より深い危険に巻き込まれる気がして……」
彼は一瞬言葉を切り、そして低い声で続けた。
「でも……もう隠せない。あの日、副隊長が俺の元を訪ねてきて、俺の持つ魔法石が“本物”だと確認された。」
「それで……どうするつもりなんだ?」
シャーが不安げに眉をひそめて問う。
「……星を引き渡す気なのか?」
「そんなこと、あるわけないだろ。」
ニックスは即座に首を振り、瞳に鋭い光を宿す。
「俺は、奴らを信じていない。」
薄く、皮肉とも取れるような笑みを浮かべて言った。
「魔法石の件も……もう“策”はある。」




