第53話 12 私たちの反撃
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「私は悪どい医者なんだよね。」
夢子は自嘲気味に微笑みながらそう言った。ニックスもつられるように笑い、張り詰めていた空気が一瞬で柔らかくほどけていく。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。」
彼女は風のように優しく別れを告げた。その声は、まるでこの静かで儚い空間を壊さぬよう、そっと囁くようだった。
「そのうち、長官が君にいくつか質問しに来るかもしれない。」
そう言い残し、彼女は部屋を出て行く。ドアが静かに閉まり、再び室内に静寂が戻った。
ニックスは小さく頷き、ひんやりとしたベッドの背に身体を預ける。と、その瞬間――
「おい、小僧!」
脳内に突然炸裂するような声が響いた。霧のようにたゆたう半透明の幽霊の姿が、静かに彼の前に現れる。
「やっぱりこのタイミングで来ると思ったよ。」ニックスは皮肉な笑みを浮かべた。「どうした?俺の様子を見に来たのか?まさか、お前が俺のこと心配してるとか……仲間になったつもり?」
「気持ち悪い口調で話すな、バカ者が!」
幽霊は鼻で笑い、いつものように傲慢で不機嫌な声を返す。
「俺様がここに来たのはな、雑談をしにきたわけじゃねぇ。大事な話がある。」
その目が一瞬、鋭く深くなった。
「お前が一瞬でぶっ倒されたあの時のこと、覚えてるか?」
ニックスは苦笑しながらうつむき、拳を強く握りしめる。
「……一生忘れられないよ。あんなに無力だった自分……情けなさすぎてさ。」
その言葉に幽霊はふっと笑う。嘲りの中に、どこか優しさのようなものが隠れていた。
「そりゃ無力だろうな。お前、自分をなんだと思ってた?その化け物どもを相手に勝てるなんて、どんな幻想見てんだよ。冒険者になってどれだけ経った?戦いを学び始めたのは、つい最近だろ?」
幽霊は空中を旋回しながら、冷たい風のように彼の周囲を漂う。その姿はまるで影のように、ニックスを取り囲んでいた。
ニックスは何も言わず、ただ静かに頷いた。
「つまり、慰めてくれてるのか?」
彼は穏やかな声でそう言いながら、探るような視線を向ける。
「バカめ。」
幽霊の声は冷たさの奥に、微かな温もりをにじませていた。
「勝てないなら、勝てるやつを連れてくりゃいい。」
「まさか……方法があるのか?」ニックスは思わず顔を上げ、目に希望の光が灯る。
「当然だろうが。俺様を誰だと思ってる?」
幽霊は得意げに空中を一回転し、続けた。




