第51話 18 記憶の封筒
---
要するに、それが私の過去のひとときだった。その後も、私は彼と共に暮らし続けた。
私にとっては長い生涯の中の、ほんの短い時でしかなかったが、彼にとっては確かに「一生」だった。
私は覚えている。彼が命の尽きる最後の瞬間、私に何かを言い残したことを……。
けれども、今やその言葉は、時の風にさらわれた砂のように、どうしても思い出すことができない。
彼の顔も、記憶の奥底で徐々に霞み、まるで色あせた古い写真のように輪郭を失っていく。
彼が纏っていた衣の色も、一日一日と薄れていき、そして彼の言葉は、頭の中で砂粒のように崩れ去り、指の間から零れ落ちていく。
必死にそれらを繋ぎ止めようと、私は日記に書き記した。
消えゆく記憶を、墨の跡で紙に縫い留めるように。
そして今、ただ一枚だけ、白紙のまま残っている。それは、彼との最後の別れの瞬間――私は完全に忘れてしまったのだ。
夢子が語り終えると、その声は風に吹き散らされた羽毛のように消え入り、静寂が場を満たした。
その話を聞いた幽霊は、重苦しい面持ちで口を開いた。
「……そうか。わかった、私が手を貸そう。
お前の話はあまりにも鮮やかだ。こんなに心を揺さぶる物語が、結末のないまま終わるなんて許されない。」
「だから、あなたの記憶を覗くのですか?」
夢子の声はわずかに震え、抑えきれない渇望が滲んでいた。
「でも……私は、あなたと彼が別れた記憶なんて持っていない。」
「……ううん。私は、ただ、最後にもう一度だけ彼を見たいの。
その姿を心に永遠に刻むことができれば……それで充分。」
夢子は淡く、それでいて決然と告げた。「ありがとう、私を助けてくれて。」
「じゃあ始めるぞ。余計な口は利くな。……二度と、前みたいな失敗はするなよ。」
夢子は静かに目を閉じ、指先に宿る魔力が星明かりのようにまたたく。
彼女は再び、記憶の奥底へと手を伸ばした。
やがて、暗闇の中に懐かしい顔が鮮明に浮かび上がり、その輪郭が彼女の胸を強く震わせる。
魔法が終わり、現実の空気が再び肌を包む。
「見つかったのか?」
幽霊は彼女の表情を見て、淡々と、しかし探るように尋ねた。
「いや……その顔を見ればわかる。……私は、目の前で泣かれるのが嫌いだ。出て行け。そして、存分に泣いてこい。」
夢子は一瞬、呆然としたように立ち尽くした。
だが、何も言わぬまま、一滴の涙が彼女の頬をつたって掌に落ちた。
それは、彼女自身すら気づかぬ涙だった。
――そしてその瞬間、夢子は、彼との最後の別れを、ようやく思い出した。
---




