第51話 04 細雨が陽光をやさしく撫でるように降り注ぐ
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夜の帳がゆっくりと降り始め、銀色の月明かりが高く掲げられた天幕からそっと降り注ぎ、山の洞窟の入り口を柔らかく照らしていた。空気はしんと静まり、葉の間から差し込む光が、岩肌に繊細な模様を描き出していた。
二人の人影が、ひとすじの歪んだ転送魔法の光と共に現れ、ふわりと地に降り立った。
「……今日は本当に、長い一日だったなあ。」
ホウペイは体についた埃を軽く払いつつ、少し疲れたような笑みを浮かべながら言った。
夢子はゆっくりと背伸びをして、さらりと揺れる髪を指先で整えながら言葉を継いだ。
「そういえば、明日ちょっと外に出るわよ。町に食料を買いに行かないと、家の食糧がもう底をつきそうだからね。……こっちの森はお願いね。もし誰かが入ってきたら、すぐに察知できるようにはしてあるけど……まあ、」
彼女の声が少しだけ柔らかくなった。
「……大丈夫よね? 逃げたりしないでしょ?」
ホウペイは彼女の表情に一瞬驚きつつ、穏やかに笑った。
「逃げるなんて、ありえないよ。変な言い方だけど……ずっとここにいられたら、それだけで充分幸せかもしれない。ありがとう、俺を信じてくれて。絶対に裏切ったりしない。」
彼はふと目を伏せ、静かに続けた。
「いろいろあったけどさ……君には、本当に救われた。久しぶりにこんなにも、心から笑えたし……自由っていう感覚を、ようやく思い出せた気がする。」
夢子もまた、少し驚いたような顔をしたが、すぐにふわりと微笑み返した。
「ふふ、私もよ。君みたいな相棒なんて、本当に久しぶり。……侵入者が来たら、なるべく早く戻るから、それまでの間、なんとか引き伸ばしておいてね?」
「どうやって引き伸ばせばいいのさ? 俺、武器も持ってないんだけど。」ホウペイが肩をすくめて言うと、
夢子は急に真面目な顔をして彼の肩をぽんと叩き、声をひそめて言った。
「こういう時こそ……その美貌を使って誘惑するのよ。」
「はあ!? ふざけるな!」ホウペイは顔を真っ赤にして跳ね上がる。「ケーキ食べすぎて、頭の中が全部クリームになったんじゃないのか?」
「はん、ケーキしか作れない冒険者には言われたくないわね。」夢子がすかさず応酬する。
「俺は本気出せばめちゃくちゃ強いんだよ! 隠れた実力者ってやつさ。目立たないところで一撃必殺。つまり、知恵ってこと! それは君が持ってないやつな!」
「……はあ、なるほど。じゃあ今すぐその“知恵”とやらで、この薬を避けてみなさいよ!」
夢子が怪しげな薬草入りの丸薬を取り出し、無理やりホウペイの口に押し込もうとした。
「ちょっ、やめろ! 殺す気かーっ!」
二人はまたしても、山の静けさを壊すようにじゃれ合い、笑い合いながら、いつものように喧嘩(?)を始めた。
そんな愉快な時間は、夜が明けるまで続いた。
そして翌朝——
朝日が山の縁からゆっくりと昇る頃、夢子の姿はもうそこになかった。
一人になったホウペイが山洞の中央に腰を下ろしたその時——胸に身に着けていた小さな魔力探知器が、静かに震え、青い光を点滅させ始めた。
「……これは?」
夢子が設置していった“魔力警報装置”。それが今、確かに反応している。
誰かが、この森へと足を踏み入れたのだ——
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