第51話 03 永遠に心に残る記憶
「覚えてる……あれは、俺が十歳そこそこの頃だったと思う。」
彼の声は掠れていて、抑え込んだ静かな痛みがそこに宿っていた。
「家で……とても大きな事件が起きたんだ。当時、父の商売はある男との長期的な取引に依存していた。でもその男は、表向きは立派な顔をしていながら、裏ではずっと違法なことをやっていたんだ。そして、その不正が明るみに出た時――俺たち家族に全部の罪を押しつけてきた。」
ホウ・ペイの拳が静かに握られ、指先が白くなる。
「その時の査察官……名前はプロセルだったと思う。彼が俺たちの家を『調査』して、言い訳の暇もなく、弁明も許されず、たった一枚の命令書で俺たちは貴族の地位を剥奪された。まるで、無価値なゴミみたいに追い出されて……上流社会からも見捨てられた。」
彼は俯き、少し声が震えながらも、感情を抑え込むように語り続けた。
「それからの生活は、本当に厳しかった。母と父は毎日必死に生きるために奔走して……俺は、子供の頃から『孤独』って言葉がどういう意味か、嫌ってほど思い知らされたよ。
この世界でどれほど“権力”ってものが重要かも、痛いほど理解した。でも……本当は、そんなもの大嫌いなんだ。」
ひと呼吸おいて、彼は深く息を吐き出した。
「でもね……ずっと悪いことばかりだったわけじゃない。ここ数年でやっと、真実が明るみに出て、両親の無実も証明された。だから今、君が見てるこの場所に――ちゃんと二人の墓が建てられてるんだ。
王族の墓地に再び眠れることを許されたってわけさ。」
陽だまりの中、彼はそっと墓石の表面を撫でながら、微かに微笑んだ。
「だからこそ……俺は今の生活が好きなんだよ。誰かに命令されるわけでもなく、誰かの顔色を伺うこともない。君と一緒にいる今の暮らしは……すごく気楽だ。もちろん、精神的な意味で、だけどな。」
彼の肩に金の光が降り注ぎ、木漏れ日がその姿をやさしく包んだ。ホウ・ペイはそっと空を見上げた。
その目元に浮かんだ微かな苦笑いは、もう以前ほど重たくはなかった。
「さあ、行こうか。そろそろ帰らないと。」
夕暮れの柔らかな光がホウ・ペイの横顔を照らし、揺れる木漏れ日が彼の肩に静かに落ちた。彼は穏やかな声でそう言いながら、まるでこの静かな空気を乱さないようにと話しかけた。
「……一緒にここまで来てくれて、本当にありがとう。」
彼は少しうつむき、足元の落ち葉をつま先でそっと蹴りながら、少し照れたように続けた。
「今まではいつも、ひとりだったから……こんなふうに言うと変かもしれないけど、記憶を君に消されなかったこと……今ではすごく感謝してるんだ。」
ホウ・ペイの唇に、淡くて懐かしげな微笑が浮かぶ。彼の視線は遠く、夕日に染まる空の彼方へと向いていた。
「もしあの時、本当に君に記憶を消されていたら……きっと、こんなにたくさんの美しい思い出も、今のこの気持ちもなかったと思う。」
隣で立っていた夢子は、そっと視線を伏せた。その頬はほんのりと赤く染まり、口元はわずかに揺れている。
彼女は小さな声で、けれど確かにこう言った。
「……わたしも、同じ……だよ。」
「ん?今、何か言った?」
ホウ・ペイが首をかしげ、少し驚いた表情で彼女を見た。
夢子はぱっとそっぽを向き、早口で言い放つ。
「べ、別に何でもないっ!バカ……さっさと帰るよっ!」
彼女はマントを軽く翻し、くるりと背を向けて先に歩き出す。その後ろ姿は、まるで夕焼けよりも優しく、あたたかかった。
そして、ホウ・ペイには聞き取れなかったその一言は、風と夕日の中へと、そっと隠れて消えていったのだった。




