第50話 最終章 神聖なる安息の地
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朝の柔らかな光が、ひっそりと洞窟の中へと差し込んでいた。入り口には薄霧がかかり、まるで絹のように静かに漂っている。昨夜の焚き火の名残がまだ空気に残り、ほんのりとした温もりが岩壁を包んでいた。
ホウ・ペイは、そっと目を覚まし、慎重に体を起こす。できるだけ音を立てないようにと気を配りながらも、背後からは鋭くも眠たげな声が響いてきた。
「こんなに早く起きて……まさか、私が寝てる間にこっそり逃げ出すつもりじゃないでしょうね?」
夢子の声は布団の奥からくぐもって聞こえ、冗談めかしながらもどこか優しさを帯びていた。
「冗談だってば。それで? なにか大事な用でもあるの?」
彼女は半分閉じた目で、彼の様子を伺うように見つめた。
ホウ・ペイは小さく頷き、表情を少し硬くした。
「本当は……君を起こしたくなかったんだけどね。これは、自分だけでやればいいことだから……」
彼は視線を落とし、囁くように言った。
「今日は……家族のお墓参りに行くんだ。」
その言葉を聞いた夢子は、すぐには何も言えなかった。いつものような軽口も出てこず、ただ黙って彼が荷物を探る様子を見つめていた。
「……何を探してるの?」
「君のあの、変な転送紙をね。どこにも見つからなくて……」
ホウ・ペイは頭を掻きながら、不満そうに呟いた。
「見つかるわけないでしょ、それならここにあるもん。」
夢子はふっと微笑み、マントの中から折りたたんだ紙を取り出して彼に差し出した。
「このずる賢いヤツめ……!」
ホウ・ペイは苦笑しながら紙を受け取り、慣れた手つきで目的地を書き込むと、まるで儀式のように指先で紙をなぞった。
「よし、準備完了!」
彼はもう一枚の紙を夢子に差し出し、静かに言った。
「一緒に行かない?」
夢子は少し驚いた様子で、自分を指差しながら戸惑い気味に尋ねる。
「……私? 本当に? 私なんかが行ってもいいの?」
「もちろん大丈夫さ。」
ホウ・ペイは優しく微笑みながら、まっすぐに彼女を見た。
「むしろ、この機会に僕のことをもっと知ってもらいたいと思ってたんだ。だって、君はまだ僕の過去をよく知らないだろ? 一緒に長く過ごすなら、こういう話もしておきたいしね。」
二人はほぼ同時に転送紙を起動させた。空間がぐにゃりと歪み、目の前の世界が渦のように引き込まれていく。お馴染みの目眩と浮遊感、そして次の瞬間、強い衝撃とともにどこかへ叩き出された。
「また……岩に頭ぶつけるところだったんだけど! ねえ、君、いい加減にこの転送方式どうにかならないの?」
ホウ・ペイは額を押さえながらぶつぶつ文句を言った。
だが夢子は何も返さず、ただ目を見開き、目の前の光景に言葉を失っていた。
そこに広がっていたのは、まるで別世界のような幻想的な風景だった。周囲の森は淡い金色に染まり、葉が風に揺れるたび、光の粒が舞い踊っているようだった。頭上には柔らかな黄金の空が広がり、まるで時の流れが止まったかのような静寂と神聖さが満ちている。目の前には青と緑が溶け合うような清らかな川が流れ、その水面には遥か遠くの山影が夢のように映り込んでいた。
「まさか、ここは……」夢子は息を呑みながら呟いた。
「そのまさかさ。」
ホウ・ペイの声は静かで、それでいて芯のある響きだった。
「今、僕たちがいるのは“王家の墓所”と呼ばれる聖域だよ。……もちろん、別名は“神聖なる安息の地”さ。」
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