第50話 17 えっ……間接キスじゃん!?
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ふたりだけのこの記憶は、月明かりのようにそっと心の奥深くに沈み込み、二人の記憶の中に静かに、そして永遠に刻まれた。
翌朝、柔らかな光が洞窟の岩の隙間から差し込み、静かな空気の中でふたりはまた目を覚ました。日常は変わらず続いていた――掃除、整理、薬作り。だが、どこかでほんの少しだけ、ふたりの心に変化が生まれていた。
ある午後、いつものようにすべての作業が終わり、ホウ・ペイはコップを手に取り、水を飲もうとした瞬間――
「そのコップ、変えたほうがいいと思うけど?」
夢子の何気ない一言が彼を止めた。
「……え?なんで?まさか水を飲む自由までなくなるのか?」
ホウ・ペイは不満げに眉をひそめた。
「そうじゃないの。ただ……その水、私がさっき飲んだやつなのよ。だから、もしあなたがそれを飲んだら……」
「間接キス、ってことか……」
ホウ・ペイはつい、口に出してしまった。その瞬間、時間が止まったように沈黙が流れる。
夢子はじっと彼を見つめながら、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「どうしたの?もう飲めないの?……まさか、恥ずかしいの?」
「は?そんなわけないだろ!全然気にしてないし!」
そう強がりながらも、彼の耳はほんのり赤く染まっていた。
再び水を飲もうとコップを持ち上げるも、口元でピタリと止まる。夢子は腕を組み、余裕の笑みでからかう。
「ふふ……やっぱり無理なんじゃない?顔まで赤くなって。まったく、純情な童貞くんなんだから。たかが間接キスで……」
そこまで言った夢子自身も、なぜか急に視線を逸らし、顔をそむける。
「ち、違うし!なんで私が恥ずかしがらなきゃいけないのよ!?まさか……私、この人のこと……そんなわけないじゃない!」
ホウ・ペイも心の中で葛藤していた。
(なんで俺、こんなにドキドキしてるんだよ!?顔まで熱いし……そんなバカな、俺があの夢子なんかに……)
ふたりは同時に視線を合わせ、またしても沈黙。
(逃げるな、自分……ここで目を逸らしたら絶対に馬鹿にされる……ただの水だ、飲めるはず……!)
そう決意して、水を一気に飲み干そうとするホウ・ペイ。しかし――
「ちょ、やめなさいよこのエッチ変態――!!」
夢子の怒りの拳が炸裂し、ホウ・ペイは豪快に吹き飛ばされた。
「なんでだよ!?さっきは飲めって言ったくせにっ!!この理不尽な魔女!!」
――ふたりはいつものように言い合いを始めた。
だが、今回のケンカには、どこか照れくさくて、あたたかい理由が隠れていた。
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