第50話 14 まるで温泉に包まれているような、ぬくもりの日々
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「どうしたの?何か考え事?」
夢子の声がふと耳元で響いた。柔らかく、まるで朝霧のように軽やかで、それでいてホウ・ペイの思考を確かに引き戻す。
「ん……ちょっと、色々と考えてただけ。」彼ははっとして振り返り、曖昧に笑みを浮かべながら答えた。
「じゃあ、いい知らせをあげるね。」夢子は腕を組み、少し得意げな笑みを浮かべた。「今日は今月の“温泉の日”だよ。」
「……温泉の日?」ホウ・ペイはきょとんとしながら首を傾げた。
「そのまんまの意味。」夢子はくるりと身を翻し、マントの裾がふわりと空気を裂くように舞う。「近くに温泉湖があるんだけどね、地脈の影響で、毎月決まった日にだけ水温がちょうどいい感じになるの。今日はその絶好の日。お天気もいいし、風も穏やか。まさに天の恵みってやつ!」
「……ふーん、いいかもな。でもさ、俺、タオルとか持ってないぞ?」
「大丈夫!あなたが持ってなくても、私が持ってる!」夢子は自信たっぷりに言いながら、胸元から純白のタオルを大切そうに取り出した。
それはとても丁寧に作られたもので、触れただけで上質さが伝わってくる。縁もきちんと縫われており、まるで雲を抱くような滑らかさ。
「これはね、私が半月分のお金を使って手に入れた限定品なのよ。」夢子はそれを大事そうに抱きしめるようにして微笑んだ。
「おお、それはすごい……じゃあ、俺のは?」ホウ・ペイの目が輝く。「まさか俺のもちゃんと……?」
「もちろん、あなたの分もあるわよ!」夢子は頷き、「むしろ、私のよりもっと特別。なんと、世界に一つだけの手作りよ!」
「えっ、本当に!?……って、まさか……」
夢子が満面の笑みで差し出したのは――どこからどう見ても素人感全開のタオル。編み目はガタガタで、ところどころ木のくずまでついている。まるで編み物初心者が徹夜で仕上げた“努力の結晶”だった。
「……やっぱりな。」ホウ・ペイはその場に崩れ落ちた。「これは明らかに差別待遇だろ!?助けてー!冒険者が虐げられてますー!」
「文句言わないの!」夢子はタオルを片手に怒り心頭。「これでもちゃんと手間をかけたんだから!決して節約のためじゃないんだからね!」
「いや、どう見ても節約の産物でしょ……」ホウ・ペイはボソリと呟き、少しずつ距離を取った。
「さあ!ありがたく受け取りなさい!!」夢子はぶんっと“特別製”を彼に投げつけた。
口では文句を言いつつも、ホウ・ペイはそのタオルを受け取り、小さく笑った。二人の騒がしいやりとりの中には、確かに温もりがあった。まるで春の陽射しのように、静かで、優しい温もりが。
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