第50話 12「暴かれた正体」
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ため息をひとつ吐いて、ホウ・ペイは一人で薄暗く湿った森の小道を歩いていた。木々の葉が風に揺れ、ささやくような音を立てている。彼の肩にはやや大きめの黒いマントが掛かっており、フードが額を覆い、緊張気味な顔の半分だけが覗いていた。
「はあ……あいつ、マントを着ろってうるさかったな。身元を隠せるし、常に監視してるからって……何かあったときのために、だってさ。」
ぶつぶつと小声で文句を言いながらも、ホウ・ペイは首元を少し引っ張り、どこか安心しているような表情を浮かべた。
「けど……なんでだろう、意外と安心してるんだよな。あの腹黒で冷酷な性格なら、今ごろ洞窟の中で昼寝でもしてるはずなのに……」
そんな複雑な思いを胸に、ホウ・ペイはようやく目的地へと辿り着いた。森に囲まれ、山腹にぽつんと建っている一軒の木造小屋だ。
彼は深く息を吸い込み、手を上げて扉を軽く叩いた。
「コンコン――」
数秒後、扉がきいと音を立てて開き、白髪混じりの、顔に深い皺を刻んだ老人が顔を出した。その目には穏やかな優しさが宿っていた。
「おや……夢子かい?」
老人の目は少し霞んでいたが、どこか期待するような光を帯びていた。
「いえ、違います。」ホウ・ペイは急いで手を振った。「あの……薬を届けに来た者です。」
「ほう?君かね?」老人は目を瞬かせ、驚いたように微笑んだ。「それはまた意外だな。まあまあ、中に入りなさい。外は冷えるからね。」
ホウ・ペイは小屋の中へと案内される。中は暖かく、古い木材と薬草の混ざった香りが漂っていた。椅子に腰掛けると、老人は湯気の立つお茶を差し出してくれた。
「ありがとうございます。」ホウ・ペイは丁寧に頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくていいさ。」老人は和やかに笑った。「言葉も堅くしなくていい。礼を言うべきは私の方だからね。君は夢子の新しい助手だろう?」
ホウ・ペイは一瞬迷ったが、やがてゆっくりと頷いた。
「まあ……ある意味では、そう言えるかもしれません。」
お茶を両手で包み込むように持ちながら、ホウ・ペイは目を逸らそうとしたが、好奇心に負けて尋ねてしまった。
「えっと……どうして夢子さんと知り合ったんですか?」
「ん?ああ、あれはもう……五年前のことだったかな。」老人は遠くを見るように目を細め、どこか懐かしげに語り出した。
「その頃はまだ、自分の足で町まで歩けてね。ある日、歳の近い者が路上で小さな丸薬を売っていたんだ。『体にいい薬ですよ』って言ってね。当時は体の調子も悪かったし、試しに買ってみたんだ。」
老人は微笑み、静かに首を振った。
「そしたらね、思っていた以上に効果があってね。今でもこうして元気にしていられるのは、その時の薬のおかげさ。あれ以来、夢子には感謝してもしきれないよ。」
そう言ってから、お茶をひと口すすり、ふとホウ・ペイに視線を向けた。
「ところで、君はどうして彼女と知り合ったんだい?」
ホウ・ペイの心が一瞬で緊張する。「やっぱり……この人も夢子のことを“あの魔女”として知っているのか……?」
彼は作り笑いを浮かべながら、ごまかすように言った。
「ええと……街で偶然出会って……その時ちょうど仕事も探していて、それでまあ……なんとなく。」
「なるほどね。」老人は静かに頷いた。しかし、続く言葉には一瞬の鋭さが宿っていた。
「で、君は知っているんだろう?――彼女の“本当の正体”を。」
ホウ・ペイの瞼がピクリと動く。頭の中に警報が鳴り響くのを感じた。彼はどうにか動揺を隠そうと、首を傾げながら答えた。
「……えっ?本当の正体って……?なんのことですか?」
「おいおい、少年。」老人はにこやかに笑いながらも、その目はどこか鋭かった。
「今の反応で、もう全部バレバレだよ。それに――君の演技、あまり上手くないね。」
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