第50話 10 「穏やかで忘れられない一日」
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「あなたに出会えて……心の中にあった、あの息苦しさが少しだけほどけた気がする。」
メイコは洞窟の隅に寄りかかりながら、ふと独り言のように呟いた。鈴の音のようにかすかなその声には、どこか言葉にできない優しさが滲んでいた。
夜の帳が静かに消え、朝の淡い光が岩の隙間から差し込み、洞窟の隅々まで柔らかく照らしていく。湿った岩肌のひんやりとした空気に、ほんのりとケーキの甘い残り香が混じっていた。
「おーい、起きろー! お日様がもうお尻を焼いてるぞー!」
騒がしくもどこか楽しげな声が響き、元気いっぱいな影が洞窟の奥まで飛び込んできた。
メイコはむくっと身を起こすと、マントを頭から被って再び身を丸めた。まるで邪魔された猫のように、影の中に身を隠しながら、「うるさいわね……」と小さく呟いた。
「ていうかさ、君もう何歳なのよ? まだ寝坊なんてしちゃってさ。早く起きないと、今朝の朝ごはん逃すことになるよ~。昨日ようやく手に入れた超レアな“幻のブルーベリー”で作ったケーキ、僕一人でゆっくり味わっちゃおうかな。あ~もったいないな~」
その言葉を聞いた途端、メイコのマントが「バサッ」と跳ね上がり、彼女は電撃に打たれたように飛び起きた。
「ま、待って! 一人で食べるなんて許さないから! ……って、あんた、昨日“幻のブルーベリー”なんて買ってないでしょ!? この狡猾なケーキ下僕!!」
「いやー、それは本当にすまなかったね〜。寝坊魔の魔女さま?」
ホウ・ペイは無邪気な笑みを浮かべながら、どこか得意げに言った。
「こ、こらぁ! そんな言い方でからかわないでっ!」メイコは怒って足を踏み鳴らし、髪の毛が逆立ちそうだった。
「ねえ、僕が君の寝てる間にこっそり逃げたりするかもって思わない?」
「は? この前言ってたでしょ。“信頼は大事”って。」ホウ・ペイがにやりと笑いながら言い返した。
その言葉に、メイコは一瞬目を丸くした。
「そっか……君って、案外いい人なんだね。」ホウ・ペイは彼女を見つめながら、心の奥がふわりと温かくなるのを感じた。
だが、メイコはその幻想を即座に打ち砕いた。
「違うわ。あんたの実力があまりにショボいから、この罠だらけの森から出られるとは思ってないだけ。」
「なっ……! 僕をバカにしたな!? くそっ、這ってでも外に出てやる!!」
そんなやり取りの中、太陽はゆっくりと洞窟の中を明るく染めていき、ふたりの笑い声が朝の空気に溶けていった。




