第50話 02 運命に導かれた彼
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「まあいいわ。気絶させて、記憶を覗けばすぐに分かるもの。」
夢子の声はまるで何気ない日常の一コマのように、軽やかで淡々としていた。彼女が指先をそっと振ると、空気中に淡い青の魔法陣が幾重にも浮かび上がり、柔らかな光が静かに洞窟内を照らした。
気を失った数人の冒険者たちの身体が、まるで糸の切れた人形のように宙に浮かび上がり、彼女の魔力で構成された半透明の檻の中へと一人ひとり丁寧に収められていく。檻の壁面は淡い藍光を帯び、まるで水面に浮かぶ鎖のように波打っていた。儚げな見た目とは裏腹に、そこには一分の隙もない魔力の封印が張り巡らされていた。
すべてを終えた夢子は、一切の余韻も残さず、再び霧立ち込める森の奥へと歩みを進めた。
林の空気はひんやりと湿っており、靄がまるで絹布のように枝や幹に絡みついていた。遥か頭上の梢の隙間から、月光が斑に差し込み、暗緑と蒼白が交じる不思議な光の海を作っていた。
彼女の視線は、森の奥に佇む一つの小さな影に向けられる。
「……ふふ、どう見てもまだ子供じゃない。」
夢子は細めた目でじっと観察した。
それは十七、八歳ほどの少年で、いかにも「冒険者然」とした服装をしていた。こげ茶色の革靴に、深褐のジャケット、そしてその下には少しくたびれた白いシャツ。ただ、その下に履いていたのは場違いな鮮やかなブルーのズボンで、全体の色合いとまるで合っていない。
更に奇妙だったのは、彼が武器を一切持っていないということ。腰の左側には、布で作られた数個の小袋が吊るされていたが、それもただの道具袋らしく、留め金は色褪せた銅製だった。
「……迷子か、それともただのバカかしら?」
夢子は心中でため息をつきながらも、口元には意味深な微笑を浮かべた。
「ま、少し姿を変えて様子見でもしましょうか。」
彼女の身体が薄い紫光に包まれ、瞬く間にその姿は変貌を遂げた。背をわずかに丸めた老婆、粗末な布のローブに身を包み、手には木製の杖、顔には深い皺が刻まれ、声もまたかすれた柔らかなものへと変わる。
森の陰から姿を現し、まるで偶然通りかかったかのように声をかけた。
「坊や、出口を探してるのなら、左へ行けばいいよ。」
突如現れた「老婆」に、少年は肩を震わせ、一歩身を引いた。
「うわっ、びっくりした……こんなところに人がいるなんて……おばあさん、あなたも道に迷ったんですか?」
彼の声には真摯な色があり、その瞳は驚くほど澄んでいた。夢子はその素直な様子に、思わず眉をひそめた。
「いやいや、このあたりはわたしの家の近くでね。道はよく知ってるんだよ。」
そう言って、杖をつきながら彼女は微笑んだ。だが、その目には鋭い光が一瞬走った。
「ところで坊や……あんた、本当に道を探してるだけかい? それとも、何か他の目的があるのかい?」
老婆の声はあくまで穏やかだったが、その言葉の一つ一つには探るような鋭さが潜んでいた。
少年はふと黙り込み、頭をかいて気まずそうに答えた。
「えっと……実はですね……ちょっと探し物がありまして……。」
そう言いながら彼は腰の袋からくしゃくしゃになった紙の束を取り出した。
夢子の目が鋭く細まる。紙の表面にはうっすらと自分の顔が印刷されていた——それはまぎれもない「指名手配書」だった。
「やっぱり……狙いは私か。」
魔力をこっそり指先に集め、いつでも攻撃できるように準備しようとしたその瞬間——
「ハックション!!」
少年が突然くしゃみをし、その鼻水が思い切り手配書に飛び散った。
「うわっ、すみません……このあたり紙がないもので……。これで拭くしかなかったんです……。おばあさんも使います?」
ぐしゃぐしゃになった手配書を笑顔で差し出す少年を前に、夢子は額にぴくりと一筋の青筋を浮かべながら、必死に微笑みを保った。
「けっこうよ……ありがとう。」
「ねぇ、おばあさん……『不死の魔女』って知ってます?」
夢子の眉がピクリと動いたが、表情は変えない。
「不死の魔女……?」
少年は「おっ」と手を叩き、明るい笑顔で元気よく言った。
「それならもちろん……知らないです!」
あまりにもあっさりとした答えに、夢子は一瞬呆然とし——そして顔をしかめるか笑うか迷った末に、ただひたすら無言でその場に立ち尽くした。
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