第49話 15 月の下に生まれし魔女
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「幽霊、今夜は絶対に徹夜なんかしないでよね……」
ニックスはふわっと伸びをしながら、ふかふかのベッドに身を沈めた。
「もう二日連続で朝がつらすぎるんだ……このままだとクマが定着しちゃうよ……」
そう呟いて、彼は毛布を肩まで引き上げ目を閉じた――そのとき。
コンコン。
静かな部屋に、控えめなノックの音が響いた。
「……あの、誰かいますか?」
それは、夢子の声だった。
ニックスは体を起こしかけたが、脳内に不意打ちのような低く冷たい声が走る。
「坊や、その身体を貸せ。」
「わっ……!び、びっくりした……!」
ニックスは思わず布団から飛び起き、心臓を押さえた。
「いきなり声をかけないでよ……マジで寿命が縮んだ……!」
「……で?なんで身体を貸さなきゃいけないの?」
「説明してる時間はない。とにかく今は、俺が出た方が――あの女の子のためになる。」
幽霊の声には、いつもとは違う緊張が混ざっていた。
ニックスは数秒ほど黙って考え込み、やがて静かに頷いた。
「……分かった。夢子のためになるなら、いいよ。」
次の瞬間、彼の瞳は再び深い紫に染まり、魂の奥から別の人格が浮かび上がる。
「……ふむ。だいぶこの身体にも慣れてきたな。」
幽霊は落ち着いた様子で扉に向かって歩き出し、滑らかな動作でドアノブを回した。
外には、手に白い箱を抱えた夢子が立っていた。
少し緊張したような表情で、彼の目を見つめる。
「今……あなたは幽霊なの?」
夢子がそっと尋ねた。
ニックス(の身体)は、無言で頷いた。
「……また私を手伝ってくれるの?」
「別に、手伝いたいわけじゃない。」
幽霊は淡々と答えた。
夢子は首を横に振り、うつむいたまま、静かに話し始めた。
「……いいえ。ただ……謝りたくて来たの。あの記憶……きっとあなたにとっては、とてもつらいものだったよね。」
「私は、自分のせいで誰かが傷つくのが嫌なの。だから……あの日ちゃんと謝れなかったこと、後悔してて……」
彼女は手に持っていた箱を少しだけ持ち上げる。
「……何が好きか分からなかったけど、ケーキを作ってみたの。ほんの少しだけど、私なりの……お詫びの気持ち。」
幽霊はそれを受け取り、部屋のテーブルにそっと置いた。
夢子が帰ろうとしたとき――
「待て。」
彼は静かにそう言った。
夢子が驚いて振り返ると、幽霊は椅子に腰を下ろしながら小さくため息をついた。
「お前の話を聞かせてくれ。」
「え……?」
「ったく……あの小僧と約束しちまったからな……」
彼は額に手をやりながら、ぼそりとこぼす。
「どうせ明日の朝、目が覚めたらうるさく聞いてくるだろうし……」
「最近……俺の思考まであいつに似てきてる気がして……面倒くさい。」
夢子は驚いたまま、言葉を探していた。
「……本当に、聞きたいの?」
「今が最後のチャンスだ。」
幽霊はふっと笑い、どこか皮肉めいた視線を送る。
「いい話をしろよ?……俺の心を少しでも動かせるような、な。」
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