第49話 14 「あの夕陽の中で、交わした約束は永遠になった」
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「よし——」 ニックスは大きく伸びをしながら、肩越しに差し込む陽光を浴びた。光はやわらかな金色の縁を描き、彼の輪郭をふんわりと縁取る。「そろそろ何か食べようか。もうお昼だしね。」
午後の陽差しは穏やかで、どこか物憂げな暖かさがあった。二人の背中を照らす陽光が、細く長い影を地面に落としている。
この一日、星は様々な仕事に挑戦してきた。お菓子作りから、花屋のアシスタント、木工職人の見習いまで──だが、どれも結果は思わしくなく、次第にその表情には疲れと落胆の色が浮かんでいた。
「……私って、やっぱり何にも向いてないのかな……」 星はぽつりとつぶやき、視線を足元に落とした。まるで迷子になった小さな星のように、輝きを失っていた。
「そんなに落ち込まないで。」 ニックスは優しく肩に手を置き、柔らかく微笑んだ。「ちょっといい場所があるんだ。ついてきて。」
夕暮れの陽が空を茜に染める頃、二人は林の小道を静かに登っていく。やがてたどり着いたのは、村全体を一望できる静かな丘の上。風がそよぎ、遠くの屋根が夕焼けに溶けていくように見えた。
「どう?ここ、僕のお気に入りの場所なんだ。」 ニックスは沈みゆく夕日を見つめながら、ふと穏やかに語りかけた。「ここから村が全部見えるしね……それに、もうすぐ日が沈む。星、今日いろんな仕事に挑戦してたのって……僕を助けたかったから?」
星は小さくうなずいた。風に揺れる髪が、まるで彼女の想いを代弁するようにやさしく舞っている。
「何か……少しでもできるようになって、夜の役に立てたらいいなって。それが私の存在する意味なのかも、って……思ったんだ。」
「でも、それって本当に君がやりたいこと?」 ニックスは真剣な眼差しで彼女を見つめる。「僕はね、星には無理に好きでもないことをやってほしくないんだ。君自身が一番大切なんだよ。誰よりも、自分を大事にしてほしい──それは、僕の両親が教えてくれたことなんだ。」
その言葉に、星はふと動きを止めた。山の上を風が通り抜け、落ち葉が静かに舞い上がる。うつむいた彼女の声は、まるで砂のように柔らかく、儚く響いた。
「でも……夜は私に、すごくたくさんのことをしてくれたから……私も、夜の力になりたいんだ。」
「知ってるよ。」 ニックスは優しく微笑みながら、ふと横を向いた。「でも、君が毎日楽しそうに笑ってくれるだけで、それが僕にとっては一番の力なんだ。」
少し間を置いて、彼は問いかけた。
「それでさ、星。君には本当にやりたいこと、何かあるのかな?なければ、焦らなくていいんだよ。夢って、ゆっくり見つけていけばいいものだから。」
星はしばらく考えたあと、ふっと表情を緩め、小さく笑った。
「……うん、たぶん見つかったかも。」
「それって、本当に好きな夢?」
ニックスは期待と優しさを込めたまなざしで見つめた。
夕陽の光が二人を包み込み、世界がまるでその答えを待つように、そっと静まり返る。
星はくるりと振り返り、淡い光の中に立つ。長い髪が風に舞い、瞳には真っ直ぐな、透き通るような輝きが宿っていた。
「私は……ずっと夜の妹でいたいな。」
彼女は微笑んだ。その笑顔は、沈みゆく夕日さえも溶かすほど優しく、あたたかかった。
「どこにいてもいい。ただ、夜と一緒にいられたら、それだけで幸せ。……それが、私の夢。」
声がだんだんと小さくなっていく。
「……夜は、いつか元の世界に帰るんでしょ。でも、それでも私は……」
ニックスは少しの間だけ黙っていたが、やがて、微笑んで頷いた。
「もちろんさ。もし、僕が元の世界に戻れるなら、君も一緒に連れていくよ。」
「……じゃあ、約束の証を。」
彼は右手を差し出し、親指を立てた。
「ここに、印をつけよう。」
二人の親指がそっと触れ合い、その一瞬のぬくもりが、永遠の約束をそっと刻み込んだ。
「じゃあ、これで決まりだね。」
「ずっと、兄妹でいよう。──どんな時も、一緒に。」
二人は顔を見合わせ、ほほえみ合った。落日の光がその笑顔を金色に染め、まるで時さえも、その瞬間にとどまっていたかのようだった。
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