第49話 11 星と夢、目覚めの朝に
「……おい、何を見た? 俺の、いつの記憶だ?」
幽霊の声は低く沈み、どこか苛立ちと微かな不安が混ざっていた。
夢子は目を伏せ、戸惑いの色を浮かべながら答える。
「わからない……ただ、自分の胸に冷たい剣が突き刺さって、その向こうに……誰かが立っていたの。」
その言葉を聞いた瞬間、幽霊の表情がさらに険しくなり、眉間に深い皺が刻まれた。
「……やっぱりな。来るべきじゃなかった。」
言葉の端々に苛立ちが滲み、彼は身を翻すと、無言で玄関の方へ向かった。その背中からは、冷たい拒絶の空気がにじんでいた。
夢子は思わず一歩踏み出し、悔いるような声で呼び止めた。
「ごめんなさい……私のせい。うっかり、あなたが触れたくない記憶に……」
幽霊は扉の前で立ち止まり、手をドアノブにかけたまま、開けることなくつぶやいた。
「……誰もが、お前みたいに幸運じゃない。」
「お前が出会ったその男は、本当にお前に優しかったのかもしれない。誠実で、嘘ひとつつかない、善意の塊だったのかもしれない。でも俺は……違う。」
「俺が出会ったのは、偽りで塗り固められた詐欺師だった。徹頭徹尾、俺を騙した最低の人間だった。」
言い終えると、彼はドアを押し開け、夜の闇へと消えていった。夢子はその背中を黙って見送るだけだった。瞳の奥に、どこか寂しげな光が揺れていた。
夜風が窓枠をすり抜け、ひやりとした空気が室内に流れ込む。月明かりが木の床を淡く照らし、その光はまるで記憶の断片のように静かに揺れていた。
幽霊はニックスの部屋に戻り、月を見上げながらひとつ、深くため息を吐いた。
「……こりゃ、今夜は眠れそうにないな。」
ぼそりとこぼし、かすかに自嘲するような笑みを浮かべた。
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夜が明けるころ、空はほのかに白み始めていた。
ニックスはゆっくりと目を開けたが、体にまるで力が入らない。まぶたは重く、意識もまだ霞がかっているようだった。
「……なんで、こんなに眠いんだ……」
ベッドの縁に手をついてなんとか身体を起こすと、鏡に映った自分の姿に驚いた。目の下にはくっきりとしたクマができ、顔色もひどく悪い。
「……あいつ、昨晩一体なにやってたんだ……こっちは昼間まで疲れるってのに……」
ぼやきながら歯を磨いていると、うっかり寝そうになり、歯磨き粉が服に垂れてしまった。
服を着替える時もフラフラしていて、結局ベッドに逆戻り。
「……魔力切れか何かか……今日はもう、昼まで寝よう……」
そう思った矢先――
「コン、コン」と扉がノックされる。
「……入っていいよ」
扉が開き、聞き慣れた声が部屋に入ってきた。
「夜、入るね。」
「……あぁ、星か。どうしたの? 何かあった?」
ニックスが顔を向けると、星は彼の姿を見て目を丸くした。
「夜……大丈夫!? すごく弱ってるように見えるよ……もしかして病気!? それとも呪いにでもかかったの!?」
「ははっ、星までツッコミを覚えたのか。でもゾンビってのは言いすぎじゃない? ……何があったんだ?」
星は少し頬を染め、静かに話し始めた。
「……昨日、夜が言ってたことを思い出してね。わたしも……自分の夢を探してみたいなって思ったの。」
「この世界で、自分がやりたいこと、目指せるものを見つけたい。そしてそのときは……夜にそばにいて、助けてほしいの。……ワガママかな?」
その一言を聞いた瞬間、ニックスはまるで雷に打たれたかのようにベッドから跳ね起きた。
目に光が戻り、顔に力強い笑みが浮かぶ。
「まったくワガママなんかじゃないよ! むしろ最高じゃん!」
拳を軽く握りしめ、声に力を込めて言った。
「よしっ、だったら――さっそく出発しよう!」
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