第49話 09 「星よ、漆黒の夜にこそ、その光を放っていて」
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シャーはしばらく静かに考え込み、やや遠くを見つめるような目をしてから、そっと口を開いた。
「ねえ……もしこのお金を投資に回して、二つの世界を繋ぐ“扉”を作る研究に使ったら……どうかな?」
彼女はそう言いながら、頭上の蒼い空を見上げた。その視線はまるで、もう一つの世界をそこに見ているかのようだった。
「まず製品を開発してプロモーションして、それから資金調達をして——そんなふうにして、この百万ゴールドを丸ごと研究に投じるの。考えてみて……もし本当にそんな技術ができたら、誰もが欲しがる夢の力になるはずよ」
シャーの声は柔らかでありながらも、言葉一つ一つに淡々とした冷静さが宿っていた。その裏には、誰にも見せない覚悟と野心がほの見えていた。
それを聞いたニックスは一瞬固まり、苦笑を浮かべながら頭をかいた。
「……シャー、それ、冷静すぎてちょっと怖いよ……」
彼はそう言いつつも、どこか納得しているようにため息をついた。
「ま、いいや。俺は星と一緒に買い物でもして、のんびりするよ」
そう言って、にぎやかだった朝の風景は徐々に静まり返り、あっという間に午前が過ぎ去った。太陽が真上に来る頃には、仲間たちの姿もいつの間にか見えなくなっていた。
「ふう……やっぱりみんな、張り切りすぎてたんだね」
木陰に立つニックスは、通り過ぎる人々を見ながら、苦笑混じりに瞳を細めた。
「だってさ……急にお金を手にしたら、誰だってやりたいことに走るよね」
そう言って、彼はそっと星の方を振り返った。
「ねえ、星、何がしたい? 今ならいくらでもお金使えるよ?」
星はその問いに一瞬戸惑い、瞳の奥が揺れた。
「……正直、わからないの」
彼女はそっと下を向き、声はかすかに震えた。
「“お金”って意味も、よく分からないし……それが何に使えるのかも、想像できないの。ごめん、答えられそうにない」
そんな風に言われても、ニックスは優しげに微笑んで、彼女の頭をそっとなでた。
「謝らないで、星。大丈夫だよ。いつかきっと、君が本当に興味を持てるものが見つかるから——その“夢”ってやつも」
彼は穏やかに続けた。
「だって、人生って、そういう“目的”や“動機”があるからこそ価値があると思うんだよね」
そう言って、ニックスは振り返り、彼女に手を差し伸べた。
「さあ、ごはんにしよう。今日は……君がまだ食べたことのないものにしようか?」
星はふたたび小さく笑い、ふっと顔を上げた。
「うん……今まで食べたことのない、ものがいいな」
「それなら決まりだね!」
そう言って二人はゆっくりと歩きだした。午後の温かな日差しに、影が地面に長く伸び、街路樹の葉がそよ風に揺れる。
そんな時間の中で、ニックスは星を背負って家路へと向かう。
「あ……ごめんね、背負わせて……」
星は少し照れたように呟いた。
「そんなことないよ、星は軽いから、全然重くない」
ニックスは優しく返し、歩みを止めずに穏やかな足取りを続けた。
やがて星は眠気に誘われるように目を細め、声がかすかに低くなっていった。
「……夜、ちょっと眠い……だから、少しだけ……寝ちゃっていい?」
そう言って、彼女はゆっくりと瞼を閉じた。呼吸は深く、静かになり、まるで夏草のざわめきのように、そよ風のようにやってきた。
ニックスはそのまま慎重に歩き、住処の前で立ち止まった。そして、そっと星を抱え上げて布団の上に横たえる。
小さな寝息を立て始めた星にそっとシーツを掛け、そのまま夜の静けさに包まれる部屋の中で立ち尽くした。
すると、星の小さな声が夢の中から漏れた。
「……ニックスに会えて……本当によかった……」
その一言に、ニックスの心が優しく震えた。
——もしこれが叶うなら――
この優しくて温かな記憶が、星に残るあの暗い痛みをすべて溶かしてくれますように。
そう強く願いながら、彼はそっと決意を胸に秘めた。
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