第49話 03 私たちの秘密
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夜は墨を流したように暗く、月明かりは厚い雲に覆われ、村の中で灯る揺らめく明かりが静かに揺れていた。
ニックスはゆっくりと村長の家を後にし、夜風が髪を撫で、マントの裾を軽く持ち上げた。
数歩進んだところで、頭の中に聞き慣れた、やや苛立ちを含んだ声が響いた。
「ニックス、お前もう限界だろ。無理すんな。そろそろ俺に代われよ。」
幽霊の声はかすれて低く、それでも逆らえない確固たる響きを含んでいた。
「でも……帰り道、わかるのか?」
ニックスは疲れた様子で問い、足を止めた。
「うるせぇよ。」
幽霊は苛立ったように遮り、次の瞬間、ニックスの瞳が夜空に燃え上がる謎の炎のように、妖しく紫に染まった。
「はぁ……やっぱり、この身体の操作は慣れねぇな……」
幽霊は眉をひそめ、ぼそりと呟いた。足取りはぎこちないが、それでもどこか彼らしい落ち着きが感じられる歩みで、住処へとよろめくように進んでいく。
その時だった。街角から、聞き覚えのある声が響く。
「ニックス、帰ってきたのね!」
夢子だった。あたたかな笑みを浮かべながら駆け寄ってくると、小さな紙片を手渡してきた。
「これ、わざわざ持ってきたんだよ――入場券だよ。」
幽霊は一瞬きょとんとし、その紙を受け取って軽く目を通した。片眉をわずかに上げ、心の中でつぶやく。
(あの坊主の友達か……ま、適当にあしらっときゃいいだろ。)
「ありがと。」
淡々とした声で、ニックスらしさを無理やり装って返した。
「お礼なんていらないよ。明日になれば、きっと意味がわかるから!」
夢子はウインクして、軽やかに手を振ると、踵を返して去ろうとした。
幽霊は手元のチケットを見つめながら、次第にその目に深い色を宿していく。
そして、低く呟くように言った。
「……お前、人間じゃないな?」
その声は囁くようでありながら、夜の静寂を切り裂く刃のようだった。
「過去を詮索する気はないが……この村に現れた理由があるんだろ。だが、その危険性は確認しておく必要がある。」
彼はゆっくりと手を剣の柄に置き、緊張を隠しきれぬ声で続けた。
「なんせ、ニックス……お前を随分信じてるみたいだからな。」
幽霊の目は鋭く、そこには百年前の戦火と血の霧を思わせるような記憶がちらついていた。
「その気配……どこかで感じたことがある。たしか……数百年前だったか……『不死の魔女』と呼ばれた存在、だよな?」
夢子の足がふと止まり、振り返ったその瞳には、もう温かさはなく、深淵のような静けさが宿っていた。
「あなたはニックスじゃない……一体誰? どうして彼と瓜二つなの?」
その声は夜明け前の風のように冷たく、抑えきれぬ冷気を含んでいた。
幽霊はふっと鼻で笑った。まるでこの展開を予想していたかのように。
「説明すんのは面倒だな……一番手っ取り早くて、最悪な言い方をするなら――俺はあいつの『仲間』ってとこか。」
その言葉を口にしたとき、幽霊の口元がわずかに引きつる。どうやらこの呼び方が気に入らないらしい。
「魔力神経を損傷してるあいつに代わって、時々こうして俺が身体を借りてるってわけ。」
夢子はしばし沈黙した後、ゆっくりとニックスへ歩み寄った。
幽霊はとっさに剣の柄を握りしめ、身体に緊張が走る。いつでも応戦できるように。
(来るか……)
だが、予想に反して、夢子はただ静かに手を伸ばし、そっと彼の肩に触れた。
「お願いね。」
その声は風のように柔らかく、それでいて拒絶を許さぬ誠実さがあった。
「どうか……このことを他の人には話さないで。私の正体については、私自身がニックスに伝えるから。」
夜は依然として静かで、肩に残された温もりだけが、二人の間にある複雑な信頼と秘密を静かに語っていた。
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