第48話 14 人を映し、物に触れ、記憶はそっと時の彼方へ舞い戻る
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「くそっ……嘘だろ、一瞬のうちに……全滅したのか?」 カスは血に染まった自らの胸元を見下ろした。裂けた傷口からは鮮血が溢れ出し、衣服を真紅に染めていく。激痛が野獣のように神経を噛み砕くように襲いかかってくる。彼は理解していた。今、無理に突撃しても無意味——それは死を選ぶようなものだ。
「今は……退くしかないか……」 彼は呟いた。しかしその口元は、狂気と傲慢を孕んだ笑みを浮かべていた。
「……まあ、いいだろう。」 彼の声が夜の闇に低く響く。 「今夜の出来事は、この国の記憶に刻まれることになる……俺がもたらした、“本物の恐怖”としてな!」
彼は天に向かって哄笑した。その声は、まるで狼の遠吠えのように、崩れた瓦礫の中に木霊した。そして、惨めさと残忍さを伴う残光と共に、黒い影となって煙の中へと消えていった。
地面に倒れたニックスの身体は、塵と血で覆われ、重たい痕跡となっていた。彼の目はかすみ、天を見つめたまま開かれていた。東の地平線には、雲を貫くように、最初の一筋の朝日が差し込み、荒廃した戦場を照らし始めていた。深い青の空が、まるで再生の前に訪れる静けさのように、徐々にその姿を現す。
「誰にも言われなかったら……本当に天国に来たと思っちゃうな。」 彼は微かに笑い、風に消えていくような小さな声で呟いた。耳には、どこか懐かしい声が聞こえてくる——遠く、優しく、星の呼ぶ声のように。
「……少しだけ、眠らせてくれ。」
暗闇の中、さらに多くの音が現れてくる——人々の焦るような呼び声、夜を裂く灯りが彼の顔に差し込む。その光は、まるで希望のように、温かく揺れていた。
そして次の瞬間—— ニックスは、ぱっと目を見開いた。
彼は、自分が見覚えのあるベッドの上に寝ていることに気づく。窓の外から朝の光が差し込み、部屋には朝霧と懐かしい木の香りが漂っていた。周囲の家具は、記憶の中の“家”そのままだった。
「ニックス、ご飯できたわよ!」
その声——
彼が決して、決して忘れることのない声。
彼は呆然と起き上がり、ぽつりと呟いた。
「……今、俺……家にいるのか?」 「でもおかしい……確かに、俺は……どこにいたんだっけ?」
記憶が糸の切れたビーズのように散らばっていく。彼はそれを繋ぎ合わせようとするが、どうしても思い出せない。
「……変だな。すごく……すごく長い夢を見てた気がする。」
「ニックス!早くしないと遅刻しちゃうわよ!」
母の声が、はっきりと耳に届く。
慌てて扉を開けると、そこには温かく懐かしい二つの顔があった。
「どうした? 顔色が悪いな。何かあったのか?」 父が心配そうに尋ねる。
「ほら、早くご飯食べなさい。」 母が優しく促す。
ニックスは返事をせず、その場に立ち尽くした。そして、なぜか、彼の目から一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
「……ああ、わかったよ。」
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