第48話 09 闇の核
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ニックスは違和感を覚え、胸が凍りつくような予感に襲われた。無意識に足が前へと出る。
それは最初、取るに足らない一粒の黒い小球にすぎなかった。だが、わずか二秒後――まるで悪魔の心臓が鼓動するかのように暴走を始め、あっという間に人の頭ほどの大きさにまで膨れ上がった。その成長速度は驚異的で、飢えた引力はまわりのすべてを貪り続ける。空気が歪み、空間が涙を流すかのようだ。大地、砕けた石、枯れ枝——すべてがその無慈悲な力に引きずり込まれ、光さえも封じられる。そこは逃れられない虚無の中心だった。
カスは黒洞の前に立ち、唇の端に冷酷な笑みを浮かべた。低く響く声はまるで断罪の宣告だ。「なら……俺の最強技で、終わりを告げてやる。」
——“ブラックホール!”
その咆哮とともに、現実に本物のブラックホールが誕生した。それはもはや魔力の具象ではなく、法則さえ歪め、あらゆるものを飲み込む究極の存在。秒を待たずして三人の身長ほどにまで広がり、引力はまるで宇宙の奥底から引き寄せるような猛威で、ニクスをも粉砕しようと引き裂きながら抱え込もうとしていた。
「ああ……来い!」
カスは腕を振り抜き、黒い渦は隕石のように上へと放たれた。
その進路に残されたのは、焼け焦げた空間の裂痕。通り過ぎた後には、土塵が渦巻き、大地はうねり、あらゆる物質は無音で消えた。
ニックスは凝視し、理解した――速度だけでは避けきれないと。咄嗟に叫ぶ。「幽霊化!」
その身は瞬時に幽体化し、物理的な接触を避けた。しかし──
黒洞が迫る瞬間、彼は何かが違うと直感した。
「――何かがおかしい……!」
だが反応は遅かった。黒洞が触れた瞬間、予想された引き裂きはなかった。代わりに訪れたのは、全身を包む狂ったような失衡と混乱感。まるで存在そのものが剥ぎ取られ、ねじ曲げられ、再構築されるようだった。
「ありえない……!」
次の瞬間、ニックスは引き込まれ、黒洞の深淵へと消え去った。
一歩踏み込むと同時に、時間と空間のルールは崩壊した。体が伸ばされ、捻じられ、まるで無限にのびるパスタのように形を失い、痛みと意識の狭間を転がり続けた。上下すら無効、左右さえわからない。過去と未来は絡まり合い、地面は混乱の迷宮。時間そのものが狂い、すべてが振動している。
突然、足元が空に消えた——
ニックスはバランスを失い、渦巻く落下の闇に飲まれる。彼の瞳に映るのは、瀑布のように垂れ流れる“雲”。上下が逆転した天空を滝となって流れ落ちる、不条理の光景だった。
外では、カスが黒い光球を見つめ、冷淡に笑んだ。指先からは漆黒の魔力がじわじわと凝縮され、まるで毒蛇が身をくねらせるように圧を増していく。
「もう……見納めだな。」
その言葉とともに、黒いエネルギーの波が黒洞の核心を狙う矢として放たれた。
その瞬間——
黒洞は火山へと変貌した。内部に溜め込まれたすべてのエネルギーが一気に解放され、世界の終焉を彷彿とさせる規模の襲撃となった。
巨大なキノコ雲が地平を貫き、その上昇は神の怒りのようだった。轟音とともに天地は震え、火花と煙、そして砕けた岩石が空へと舞い上がる。まるでこの瞬間、世界すらも恐怖に震えているかのようだった。
——そして、ニックスはその“吞噬”の渦の中に消えた。
一




