第48話 06 空中都市
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身動き一つ取れない。四肢は見えない鎖でがんじがらめにされ、呼吸さえも苦しくなる。だが、ニックスは奥歯を強く噛み締めた。その瞳には、鋭く燃える決意の光が宿っていた。たとえ幽霊の鎧が重圧によってすでに崩れ始めていようとも、彼は残された全力を振り絞り、剣の柄を渾身の力で握りしめる。
刹那、剣閃が夜を切り裂く――まるで新月の夜空を貫く白銀の弧。
「円月!」
彼の剣が描いたのは、完璧で優美な円弧。凛としたその軌道は、周囲にまとわりつく黒き束縛を一気に切り払う。その瞬間、空気すら静止したように感じられた。
月光が剣身に降り注ぎ、一方には傷だらけでなおも意志を貫くニックスの顔が、もう一方には冷ややかな皮肉を浮かべるカスの顔が、それぞれ鏡のように映し出される。
「どうしてそこまで意地を張るんだ?」
カスは冷淡な口調で言う。その声にはわずかに苛立ちが混じっていた。
「おとなしく倒れていれば、無駄な苦しみを味わわずに済んだのにな。」
「円舞曲——!」
ニックスが低く叫ぶと同時に、その身体は再び光のように前へと突進した。剣の勢いは暴風のように激しく、鋭く。しかし、今度はその進路を蛇のように蠢く黒い手が次々と阻んでくる。
その隙に、カスは音もなく背後に回り込む。
異変に気づいたニックスはすぐさま反転して剣を振るうが、再び大量の黒い手に動きを封じられてしまう。またしても、あの泥沼のような状態に陥ろうとしていた。
これはまずい――そう直感したニックスは、勢いよく翼を広げ、一気に上空へと舞い上がる。
だが、それこそがカスの狙いだった。
カスは静かに右手を反転させ、掌に重力を凝縮させていく。やがて、それは小さな球体となり、まるで掌中で唸る小型のブラックホールのように圧縮され、回転しながら力を増していく。
彼は無感情なまま、その手をすっと前に差し出す――発射。
それは気配すらも感じさせない、完全なる無音の一撃。空気すらも揺らさず、まるで存在しないかのように放たれたその重力弾は、ただ“当たった瞬間”にすべてを証明する。
「――!!」
ニックスの胸が一瞬にして締め付けられる。見えない弾が身体に触れたその瞬間、それは小型爆弾のごとく炸裂した。防御の要である幽霊鎧はすでに失われており、彼は喉から鮮血を吐き、凄まじい衝撃とともに地面へと叩きつけられる。
地に伏せた彼に、起き上がる暇すら与えられない。
カスは再び重力を操作し、ニックスの身体を引きずりながら、まるで使い捨ての人形のように、次々と周囲の太い木にぶつけていく。木の幹は弾け飛び、枝葉が舞い、ぶつかるたびに大地が震える。土と焦げた木の匂いが辺りに満ちる。
ようやく、わずかに呼吸を整えられるかと思ったそのとき――
「……まだ終わってないぞ。」
カスは静かに両手を地面へと当てた。
直後、ニックスの足元に異変が起きる。地面が微かに揺れ、四肢を突き抜けるような、吐き気を催すほどの浮遊感が全身を包んだ。
轟音が響く――!
次の瞬間、周囲二十メートルの地表が崩れ落ち、土と岩が飛び散る。巨大な亀裂が黒蛇のように地面を這い、空間そのものが割れていく。
ニックスは思わず足元を見下ろし、息を呑んだ。
自分の身体が、すでに空の中に浮かんでいたのだ。
それだけではない。引力に引き上げられた一帯の土地、木々、破片――すべてが空中に漂っている。その光景はまるで、天に浮かぶ滅びかけた「空中都市」のようだった。
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