第48話 03 黒翼の刃
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ニックスの呼吸は乱れ、肋骨が砕ける音が聞こえるかのようだ。カスが近づくごとに、彼の身体は樹皮にめり込み、ひび割れた木肌に痕が残る。
ついにカスがその顔の前まで迫る──圧力は頂点に達し、時間が止まったように感じられた。
「これで……さようならだ。」
風が引力の余波で舞い、カスの黒髪がなびく。彼が右拳を固く握り、胸へ突き出すその瞬間──
しかし、その時だった。
ニックスが喉の奥から叫びを上げた!
「アアアアアアアアーーーッ!!」
身体から溢れ出した紫色の魔力が、まるで火山の噴火のように爆発し、カスの引力を吹き飛ばした!その衝撃波は激しく辺りを揺らし、カースは宙に弾かれるように飛ばされ、重力に抗う落ちる葉のように地面へ叩きつけられた。
しばしの沈黙のあと、ニックスはゆっくりとカスに視線を向けた。二人は同時に静かに歩を進め、互いへと近づいていく。空気には重苦しい緊張感が漂い、まるで風さえもその動きを止めたかのようだった。
「降参しろ、ニックス。」
カスの声は低く鋭く、その目には既に勝利を見据えたような光が宿っていた。
だが、ニックスは静かに微笑んだ。
「なぜだ? まるで俺が負けるとでも言いたげだな。」
その瞬間、二人の魔力が同時に爆発した。凄まじいエネルギーの奔流がぶつかり合い、周囲の空間をねじ曲げ、風を裂く。次の一瞬、再び激しい戦闘が幕を開けた。
ニックスは影のようにカスに接近し、その衣服を掴んで動きを封じようとした。だが、カスは素早く身をよじり、ニックスの手をするりと抜けてみせた。まるで指の隙間からこぼれ落ちる煙のように。
カスは理解していた。二人の速度に明確な差はない。正面からの衝突は不毛だと。彼は一歩後退し、背後の木々に意識を集中させた。すると無数の樹の枝が勢いよくうねり、まるで獰猛な鞭のようにニクスへと襲いかかる。
だが、それすらもニックスは軽々とかわした。予知していたかのように、滑らかで無駄のない動きだった。
「……そうだ、これだ。この感覚。」
カスの口元に薄い笑みが浮かぶ。
彼はさらに多くの木々を操り、次々とニックスへ打ち込んでいく。目にも留まらぬ速度で、そして人間には不可能な死角からの攻撃。だがニックスは、すべてを見透かしているかのように、華麗に避け続けた。
そして、ふとニックスは微笑む。
幽鬼のごとき鎧が霧のようにほどけ、漆黒の翼へと姿を変える。翼を大きく広げ、彼は再び空へと舞い上がった。
今回は、手加減しない
ニックスは剣を掲げ、そこに圧倒的な魔力を注ぎ込む。剣は淡い光を放ち、まるで破滅の予兆のように震えていた。そしてその刹那、彼はその剣をまるで投槍のごとく放った。鋭い閃光が空を裂き、カスへと一直線に向かっていく。
「見えすぎだ……」
カスは呟き、即座に引力を操って軌道を逸らす。その剣は彼の前で弾かれ、地へと落ちた。
――だが、その代償もあった。
カスは空中のニックスに狙いを定めた。遮るものもない、高空の彼はまさに格好の的だった。引力を強く放ち、ニクスの動きを制圧し、今まさに地面に叩き落とそうとした。
「……テレポート(転移)。」
ニックスは掌をカスに向け、低く囁いた。
次の瞬間――彼の姿は掻き消え、気づけばカスの眼前に現れていた。
地に突き刺さっていた剣を右手で掴み、その勢いのまま滑るようにカスへと迫る。鋭く、無駄のない一撃――
そして、その一閃は確かにカスを捉えた。
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