第47話 09 レベルの開き
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剣閃は激しい夕立のようにカスへと容赦なく降り注ぎ、鋭い光は稲妻のように空を裂いた。その一振り一閃すべてに、ニックスの命を懸けた決意が込められていた。だが――
カスはただ、面倒くさそうに一本の指を持ち上げ、気怠げにひと振りするだけでよかった。刃はすべて霧散し、その凄まじい斬撃の数々はまるで紙片のように、見えない気流に巻き込まれて跡形もなく砕け散った。
たとえニックスがさらに速度を上げ、もはや残像すら見えぬほどの速さで、疾風のごとき剣撃を地面すれすれに繰り出したとしても――結果は変わらなかった。
カスは一歩も引かず、ただ二本の指で、その全力の一撃をあっさりと受け止めた。剣先は彼の指先でわずかに震えるだけで、もはや一歩も進めなかった。
次の瞬間、山崩れのごとき強烈な肩打ちが炸裂する!
「――ぐっ!」
ニックスはうめき声をあげ、まるで布切れの人形のように吹き飛ばされ、空中で無様に回転しながら舞い上がった。骨が軋む音が聞こえそうなほどの衝撃。
そしてその間に、カスの姿はすでに消え去り――瞬く間にニックスの背後に現れる。
「ドン!!」
それはまさに竜の尾のような一撃。鋭く重い蹴りが、未だ空中にあったニックスの背中を打ち据えた。
彼の身体は枯れ葉のように、暴風に攫われ、さらに高く空へと舞い上がっていく。
一度、また一度――
ニックスにはまったく反撃の術がなかった。ただひたすら、カスの思うがままに蹴り上げられ、まるで玩具のように、どこまでも空へと押し上げられていく。
その速度は、もはや人の目で追えるものではなく、空に幾重にも重なる黒い稲妻の軌跡を描いていた。天が震え、雲が裂け、空気そのものが唸りを上げる。
やがて、カスは高空の果てに立ち止まり、筋肉を収縮させ、拳を固める。
それは山をも砕く、絶望の一撃を放つための、ただ一秒の溜め――
そして、ほんのその一秒――その僅かな隙を――
ニックスは見逃さなかった!
「……幽体化!」
馴染み深いエネルギーが全身を駆け巡り、彼の身体が霧のように虚ろに変わる。
カスの拳は、ニックスの胸を貫いた――はずだった。だが、それはまるで空気を打ったかのように、何の抵抗もない。
「なっ……?」
カスがまだ状況を把握できないうちに、ニクスの身体が空中で傾く。
優雅でありながら、致命の殺意を孕んだ円の軌道を描く。
「円舞曲!!」
剣閃が夜空に咲き乱れる花びらのように回転し、ついに――カスを斬りつけた!
空気が、一瞬だけ凍りついた。
ニックスは地上に着地し、長剣を手に激しく息を吐く。額の汗が流れ落ち、破れた襟元を濡らす。
だが、彼の眉間にはわずかな違和感が浮かんでいた。
――あの手応え……おかしい。
確かに斬ったはずなのに……まるで、何かに弾かれたような……
まるでその一撃が、この世界に属していなかったかのように。
カスはふわりと地に降り立った。燕のように軽く、音もなく。そしてその表情には、一片の傷も痛みもなかった。
唯一、彼の外套の裾が、剣によって裂け、風に揺れている。それだけが、先ほどの一撃の証。
ニックスは歯を食いしばり、その男を複雑なまなざしで見つめた。
「……クソッ……こんなに時間が経ったのに、俺は……強くなったはずなのに……それなのに――」
絶望にも似た無力感が、胸の奥でじわじわと広がる。
最初に戦ったときと何も変わらない。あまりにも絶望的な力の差が、いまだに目の前に立ちはだかっていた。
「このままじゃ……勝てるはずがない……」
彼はそっとポケットに手を入れ、何かをつかもうとする――
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