第4話 02 竜
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カスは遠くの高台に立ち、硝煙と混乱の渦を貫くように戦況を冷ややかに見下ろしていた。彼のマントの裾を風が巻き上げ、細かな砂塵が舞う。彼は静かに呟いた。
「そろそろだな――もっと混沌に染まってもらおうか。」
その言葉とともに、ゆっくりと腕を持ち上げる。指先に漆黒のエネルギーが夜の闇のように凝縮され、周囲の光を吸い込みながら空気を歪め始める。淡い灰色の光が周囲にゆらゆらと漂い、まるで死者の灯す鬼火のように不気味に揺れていた。
次の瞬間、破壊を宿したそのエネルギー波が、咆哮する竜の如き轟音を立てて発射され、空気を切り裂きながら、かつて「決して破られぬ」と謳われた避難所へと直撃した。
轟音が雷鳴のように響き渡り、巨大な建物は激しく揺れ始めた。壁は軋み、まるで圧力に悲鳴を上げているかのような音を立てる。先ほどまで悠然と商談を交わしていた貴族たちは、突如として訪れた衝撃に顔色を失い、凍りついたようにその場に立ち尽くす。
「お、おい……この建物、まさか……崩れるんじゃないか?」
誰かが震える声でつぶやいた。目は恐怖に見開かれている。
「ば、馬鹿な……そんなはずがない……ただの魔物の攻撃に過ぎない。この避難所は王国最強の防壁だ……」
誰かが必死に落ち着きを装いながらも、額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいた。
「……なら、あれを見てみろよ。」
別の人物が硬直した腕を窓の外へ向けて差し出す。
遠くの霧の中から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。その巨大な輪郭は黒雲の下で不気味に浮かび上がり、圧倒的な威圧感を放つ。一歩踏み出すごとに大地はうめき、川面は震え、森の鳥たちは一斉に飛び立って逃げ出した。
空を引き裂くような猛獣の咆哮が響き渡ると、場にいた全員の動きが止まり、意識がその音の出どころへと吸い寄せられていく。
「冗談じゃねえ……まさか、あいつと戦うのかよ……?」
一人の兵士がかすれた声で言い、顔から血の気が引いていた。
「無理だ……あんなの、次元が違う……あれは、殺される……絶対に。」
別の戦士は今にも泣き出しそうな声で震えていた。
その瞬間、全ての兵士たちの心から闘志という灯火が吹き消された。これは、単なる戦力差ではない。「存在の格」が違っていた。
彼らの視線の先には、黒い波のように押し寄せる無数の魔物たちがいた。まるで世界を呑み込まんとするかのような魔の洪水。しかし、それらの数ではなく――その中心に佇む、ただ一体の存在こそが、恐怖の本質だった。
全身を黒曜石のような漆黒の鱗で覆われたその巨体。鱗一枚一枚が鋭利な刃のように光を反射する。四本の爪はまるで鋼鉄で鍛え上げられたかのように鋭く、巨大な翼は夜の帳のように広がり、空を覆い尽くす。ひと息吐くだけで暴風を巻き起こし、真紅の瞳は血に飢えた狂気を宿し、その太く長い尾は地面を軽々と切り裂く威力を秘めている。
その圧倒的な体躯は、避難所の建物さえも見下ろすほどに巨大で、まるで死神がこの世に姿を現したかのようだった。
兵士たちはその姿を見て、誰もが凍りつき、顔は紙のように青ざめ、瞳からは生気が消えていった。
それは――ただの魔物ではない。
この世界で最強の存在。
――竜。
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