第7話10私の名前はカニディの火のエルフの王です
村長の目が鋭く光り、右拳を振りかぶると、風を切る音とともにカニディへと打ち込まれた。カニディも即座に応じ、己の拳を叩きつける。
二人の拳が交錯し、鈍い衝撃音が響く。しかし、かつてのような圧倒的な速さも、凄まじい威力も、もうそこにはなかった。互いの体力は限界を迎えていた。それでも、二人の目に宿る決意だけは微塵も揺るがず、むしろ闘志の炎はより強く燃え上がる。
「絶対に……彼らを傷つけさせはしない!」
カニディが歯を食いしばりながら叫ぶ。
「俺も……絶対にお前に俺の民を傷つけさせない!」
村長も応じるように低く唸りながら拳を突き出した。
「必ず……彼らに幸せな日々を送らせる……!」
拳と拳が何度も交差し、互いに打ち合うたび、乾いた音が響く。だが、村長の方がわずかに力を残していた。わずかな差が、決定的な結果を生み出す。
カニディの身体がぐらりと揺れ、そして――力尽きたように地面へと崩れ落ちた。
息が荒く、手を震わせながら、それでもカニディは――笑った。
「ついに……来たか。」
村長はその笑みに違和感を覚え、直感的に背後を振り返る。
――そして、目を見開いた。
そこには、林の向こうから現れた無数の火焰精霊たち。燃え盛る体を持ち、しかしその瞳には涙を滲ませ、何かを訴えかけるような眼差しを向けていた。
「やっぱり……集団で攻撃するつもりか?」
村長は素早く防御の構えを取る。だが、次の瞬間、意外なことが起こった。
火焰精霊たちは――戦うことなく、林の奥へと次々に駆けていく。
「……何?」
村長は呆然とし、その場に立ち尽くした。炎の精霊たちは、敵を討つのではなく、涙を流しながら静かに撤退していった。
「俺は言っただろう?」
カニディが苦しげな呼吸の合間に、しかし誇り高く言葉を紡ぐ。
「絶対に……彼らを守るって。」
村長の視線が再びカニディへと戻る。
その瞬間――彼の身体全体に、不気味な亀裂が走り始めた。
まるで砕け散る前の器のように、その身体には細かいひび割れが広がっていく。赤い光が漏れ始め、まるで彼自身が炎そのものに変わりつつあるかのようだった。
村長の顔が、一瞬にして険しくなる。
「……お前、まさか……」
彼の声が震えた。
「自爆するつもりなのか?」
カニディは僅かに肩をすくめ、そして――笑った。
「ビンゴ、正解だ。」
その笑みには、どこか寂しさと安堵が混ざっていた。
そして、彼は天へと顔を向け、残された最後の力で叫んだ。
「――全員、撤退!」
その声は、夜の闇を突き破るように響き渡った。




