第46話 09 「災厄の序章」
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「まずは分かれて動こう。」ナイトは素早く周囲を見渡し、険しい表情で言った。「守らなきゃいけない人が多すぎる。このまま全員で一カ所に固まっていては、他の場所の人々が襲われるかもしれない……あの形、何て言ったっけ?」
「……正方形のことか?」ザックが応じながら、片腕を魔物のように変形させ、肘を使って飛びかかってきた魔物を叩きつけた。石畳が砕け、破片が飛び散る。
「そう、それだよ!正方形!」
背後から怒声が響いた瞬間、エイトはほとんど振り返らずに体をひねって攻撃をかわし、小さなナイフを心臓めがけて突き刺した。そのまま地面に魔物を貫いて縫い止める。
「五人それぞれが角を守れば、最大範囲の防御円を形成できる。市民を中央に集めて、臨時の防衛線を築けるはずだ。」ナイトは簡潔に説明しながら、盾を構え、飛来する鳥型魔物を弾き飛ばした。
「その案でいこう。」
ザックは即座に頷き、魔力に膨らんだ腕が岩のように硬く輝く。
「私はここに残るわ。この区画を守る。」
サンディは静かに告げた。穏やかな口調の奥に、強い決意が宿っていた。
三人は互いに頷くと、矢のように四方へと散っていった。その動きには一切の無駄がなかった。
サンディは一人、その場に留まった。風が長い髪を揺らし、視線は煙と埃の向こう、波のように押し寄せる魔物の群れを射抜くように見据えていた。
「誰なの……背後で糸を引いているのは……?」
彼女は小さく呟き、杖を強く握りしめる。「援軍、早く来て……エリーサたち、どうか……こんな規模の魔物軍団に出くわしませんように……」
サンディは魔法杖を高く掲げ、その先端には魔力の光が脈動していた。
「――木魔法・ジャングルスパイク!」
次の瞬間、大地が激しく震え、太い蔓が地面を突き破って一斉に飛び出す。鋭利な槍のように魔物たちを貫き、高く持ち上げた後、無情に地面へと叩きつけた。
その間にも、他の三人はそれぞれの地点で激しく戦いながら、人々を安全圏に守り導いていた。彼らはまるで混乱と恐怖の中で最後の秩序を支える柱のようだった。
そして、都市の外――
夜が帳を下ろし、闇が全てを覆い隠すような沈黙の中、一つの人影が影から静かに現れた。風にたなびくマント――それはカスだった。
「つまり……これがお前の計画か?」
彼は瓦礫の縁に立ち、低く呟く。「王都を丸ごと陥落させるつもりか?」
カスは冷徹な目を細め、ゆっくりと顔を横に向けると、唇の端に不敵な笑みを浮かべた。
「これは始まりにすぎない。時間はもうあまり残されていない……結界を崩すのに一週間もかかったんだ。そろそろ――本物の精鋭たちの出番だ。」
その言葉に呼応するかのように、黒の彼方から地鳴りのような音が響いた。
そこに立っていたのは、常識を超える巨大な魔物。まだ闇の中にいるにもかかわらず、その輪郭だけで、尋常ならざる存在だと知れた。
その圧倒的な威圧感は、まるで空気すら凍りつかせるかのようだった。
一方で、城外では投石器が火を帯びた石を次々に放ち、城内のあちこちに炸裂と炎をもたらしていた。
混乱に乗じて魔物たちが破れた城門からなだれ込み、街を狂気のように駆け回っていた。
「来るぞ!でかいゴブリンだ!!」
兵士たちの絶叫が空気を裂く。
それは異常なほど巨大なゴブリンだった。
体全体に粗雑な鎖と分厚い鉄甲を纏い、深緑色のマントをなびかせながら迫るその姿は、知性と獰猛さを併せ持つ者の証。
「ゴブリン・ヒーローだ……!変異種だ!魔法も使えるぞ、構えろ!!」
だが――間に合わなかった。
空が引き裂かれ、神の雷罰のごとく、眩い雷光が兵士たちの頭上に降り注いだ。
一瞬で前線の部隊は消し飛び、焦げた甲冑が四方に飛び散る。
咆哮と共にゴブリン・ヒーローは防衛線を蹴破り、周囲の兵士たちをまるで木の葉のように吹き飛ばした。
さらにその向こうから、狂乱の牛魔が戦車のごとく突進してくる。
鋼鉄の蹄が道を砕き、建物を粉砕し、甲冑に包まれたその巨体は、血のような赤い瞳で夜を引き裂く咆哮を放つ。
――強敵は、途切れることなく押し寄せてくる。
闇夜はまだ明けず、
災厄の序章は、今ようやく幕を開けたばかりだった。
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