第46話 05 一夜の星空
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「うん、そうだよ。帰ってきた。」
ニックスは静かに答えた。その声には、疲労と共にどこか安堵の気配が滲んでいた。彼はゆっくりと上着を脱ぎ、背負ってきた重みと埃をその場に置くように身を委ねた。
星は柔らかな背もたれの椅子に腰かけ、脚を組みながら優しい眼差しで彼を見つめていた。
「夜、ずいぶん疲れてるみたいだね。今日の会議では……どんな話があったの?」
「正確に言えば、頭が痛くなるほど退屈な議題の山さ。」
ニックスは眉をひそめ、壁にもたれてゆっくりと腰を下ろした。まるで骨が抜けたように、体から力が抜けていく。
「それに……吐き気を催すような内容もあった。あの“火の事件”についてもまた説明しなきゃいけなかったんだ。前に君に話しただろ? 炎の精霊の件だよ。」
「……夜、会議で“M計画”のことを聞いたんでしょ?」
星の声は柔らかかったが、核心を突く鋭さがあった。彼女はニックスの胸の奥に渦巻く不安を、確かに感じ取っていた。
ニックスは静かにうなずいた。
「もちろんだよ。」
彼の声は一見落ち着いていたが、その奥にはどうしようもない怒りがくすぶっていた。
「あんな計画、この世界に存在すべきじゃない。だけど……僕には止める術がなかった。しかもあいつらは、何の疑問も持たずにあの計画を肯定している。」
星は、彼の言葉ににじむ自責の念と無力感をしっかりと受け止めた。
彼女は静かに立ち上がると、ニックスの傍に膝をついて座り、その俯いた目をそっと見上げた。
「夜、一人で全部を背負う必要なんてないよ。」
彼女の声は、夜風のように静かで優しかった。
「あんなこと、君一人じゃどうしようもないって……私には分かってる。君は誰よりも優しい人だから、きっと全ての人を救おうとする。でもね……例え君が世界を変えられなかったとしても、少なくとも私の世界は変わったんだよ。」
彼女はそっとニックスの手を握り、照れくさそうに微笑んだ。
「こんなこと言ったら、ちょっと自己中心的に聞こえるかもしれないけど……私は本当に夜がいてくれて良かったって思ってる。君は、私を救ってくれた人だから。」
ニックスは黙ってその言葉を噛みしめていた。やがて、長い陰りを裂くように、彼の瞳に柔らかな光が宿る。
彼はゆっくりと頷いた。
「そうだね……たくさんの人は救えないかもしれない。でも、たった一人でも救えるなら——全力を尽くすよ。」
彼は立ち上がり、夜色に包まれた窓の外へ視線を向けた。そこには、かつて馴染んだ故郷の風景が、まるで幻のように浮かび上がっていた。
微笑みを浮かべながら、彼は静かに言った。
「明日の午後には、きっと出発できるよ。前に話した僕の村に、一度戻ってみたいんだ。あそこにいるみんなは、本当に優しくて温かい人たちばかりなんだ。きっと君も好きになると思うよ。」
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