第7話09信念の衝突
遠くの荒野に、二つの影が横たわっていた。戦いの余韻が大地に刻まれ、焦げた土と凍りついた石が散乱している。燃え尽きた火の粉がまだ空を舞い、冷たい風が静かに吹き抜けた。
ニックスは息を呑んだ。
「くそ……敗北したのか?」
視線を巡らせると、村長がゆっくりと立ち上がり、こちらを振り返っていた。その目は静かで、まるで全てを見透かすような冷徹さを湛えている。そして、低く、確信に満ちた声で告げた。
「終わった。俺の勝ちだ。」
ニックスはその言葉を聞き、ようやく緊張を解いた。張り詰めていた体の力が抜け、ほっと息を吐く。しかし、その時――。
カニディが、ふらつきながらもなお立ち上がった。
ボロボロの身体を支えながらも、その眼にはまだ消えない炎が宿っていた。彼の中にいた将軍が、静かに言葉を紡ぐ。
「結局……負けたか。これで俺も、そして俺の民も皆殺しにされるんだろうな。」
その声には敗北の悔しさだけでなく、運命に抗うことのできなかった虚無感が滲んでいた。しかし、ニックスは首を振り、まっすぐカニディ――いや、将軍を見つめた。
「いや、そんなことはない、将軍。」
彼の声は力強かった。
「今、君の力を返す。そして、君は火の精霊たちと共に撤退してくれ。」
次の瞬間、将軍の霊体がゆっくりとカニディの身体から分離し始める。炎のように揺らめくその姿は、やがて消えゆく運命にあった。しかし、その時、カニディが低く呟いた。
「……でも、こうなったら、大人たちはどうなるんだ?」
将軍は一瞬、言葉を詰まらせた。
だが、次の言葉を聞いて、彼の瞳が揺れた。
「もう“大人たち”とは呼ばないでくれ。」
カニディはゆっくりと顔を上げ、そのまっすぐな眼差しで将軍を見据えた。
「こんな最後の瞬間に、カニディと呼んでくれないか?」
しばしの沈黙。
やがて、将軍は微かに目を閉じ、静かに呟くように言った。
「……わかった、カニディ。」
それを聞くと、カニディは微かに笑い、再び前へと踏み出した。身体は限界を迎えていたが、その足取りには迷いがなかった。
「俺はできる限り、あの老頭を引き延ばす。」
決意に満ちた眼が、前方の村長を捉える。
「老頭はまだ終わっていない。」
村長は背を向けたまま、一瞬だけ静かに佇んだ。そして、再び振り返ると、冷え冷えとした目で告げる。
「……もう力がないだろう?」
「うん、そうだ。」
カニディは素直に答えた。だが、その声には一切の諦めがなかった。
「でも、それが俺が君を止められないという意味じゃない。」
そう言うや否や、カニディは空に向かって炎の球を放つ。それは一直線に夜空を貫き、轟々と燃え上がりながら輝いた。
――信号弾。
村長の表情が一瞬険しくなる。
「……まずい、あれは……! そうか、仲間を呼ぶつもりか。」
不意に、カニディの左拳が村長へと突き出された。しかし、驚くべきことに、村長はそれを避けようとしなかった。
鈍い音が響く。拳が相手の体に届く――しかし、その衝撃には、すでにかつてのような鋭さも、力強さもなかった。
村長は静かに、冷たく言った。
「俺に力がないと言うが……君もまた、同様に力を失っている。」
二人の視線が交差する。
そして――静寂の中、決着の時が迫っていた。




