第45話 18 スーツ
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「おかしいな……」
ニックスは目をこすりながらゆっくりと身を起こし、薄明かりの差し込む室内を見渡した。
「昨夜は確かに訓練していたはずなのに……目を覚ましたら、いつの間にかベッドの上だなんて。」
整然と掛けられた毛布に視線を落とし、窓の外に広がる白み始めた空を見上げる。
「やっぱり、あいつか……幽霊。きっと、俺をここまで運んでくれたんだろうな……」
口元に自信満々の笑みを浮かべながら、
「ふん、やっぱり俺の誠意が通じたんだ!」
と独り言ちた。
彼はつぶやきながら裸足で床に降り立ち、伸びをしながらいつもの気楽な服に着替えようとした。
しかし、ちょうどクローゼットの扉を開けた瞬間、ドアの向こうからリズミカルで急ぎのノック音が響いた。
「起きたか? ちょうどいい――このスーツを着ろ。」
ドアが開くと、エイトが既に立っており、手には丁寧に折りたたまれた仕立ての良いスーツを持っていた。
その目には、譲らぬ決意が宿っていた。
「え? なんで着替えなきゃいけないの?」
ニックスは困惑した表情を浮かべた。
次の瞬間、エイトは遠慮なく彼の頭を軽く叩いた。
「今日は何の日か分かってるのか?」
エイトは眉をひそめた。
「今日は王都会議だ――この国の最も重要な人物たちが集まる場だぞ。
お前、そんなシワだらけの古着で、まるで森から飛び出してきたような格好で行くつもりか?」
ニックスは唇を尖らせて反論した。
「俺の服に文句があるのか?」
エイトは彼の抗議を無視し、スーツを彼の胸に押し付けるように渡した。
「さっさと着替えろ。俺たちが送っていくから。
それと――このスーツ、使ったらちゃんと返せよ。
街の高級服店から特別に借りたんだ。
この一着、元値は驚くほど高いんだからな。」
「たかが服一着で、そんなに高いものなのか……」
ニックスは疑問を抱きつつ、手にしたスーツを見つめた。
「理由は簡単だ。」
エイトは肩をすくめ、部屋を出て行った。
「このスーツの生地は特殊な素材でできていて、
着る者の気質や状態に応じて色や模様が自動的に変化するんだ。
原理は俺にも分からないが、とにかく着てみれば分かるさ。」
エイトの言葉が終わると同時に、ドアが静かに閉まり、部屋には再び静寂が戻った。
ニックスは手にした少し冷たいスーツを見つめ、数秒間沈黙した後、ゆっくりとそれに袖を通した。
――その瞬間、不思議な変化が静かに始まった。
元々は落ち着いた黒色だった布地が、まるで月光の記憶を呼び覚ますかのように、
徐々に柔らかな紫の輝きを帯び始めた。
スーツのラインは彼の体にぴったりとフィットし、優雅でありながら鋭さを感じさせるシルエットを描き出した。
白いシャツの模様も静かに変化し、単調な平面から繊細な波紋のような折り目へと変わっていった。
襟元や袖口には深い紫の縁取りが現れ、夜空と朝焼けが交差する境界線のようだった。
その紫と黒の融合は違和感なく、むしろニックスの静かで鋭い眼差しを一層際立たせた。
彼の前髪は眉まで垂れ、少し乱れた髪の毛は動きに合わせて微かに揺れ、まるで風に舞う羽のように見えた。
鏡に映る少年は、もはや昨夜必死に訓練していた訓練生ではなく、
権力の中心へと足を踏み入れようとする王都の使者――星影を纏い、嵐をその瞳に宿す者となっていた。
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