第45話 01 欲望
---
沈黙を破ったのは、若い兵士の鋭い声だった。どこか焦りを帯びた口調で、彼は問いかけた。
「もう……あの首飾りが本物だって分かったんですよね?だったら、いっそ直接奪ってしまえばよかったんじゃないですか?それに、僕たちには精密な探知器なんてないですよね?唯一あるのは王都に設置されてるやつだけで……だったら、魔法石を手に入れて、そのまま王都に戻って、探知器が反応するかどうかを確かめれば済む話じゃないですか?」
その声は、石造りの回廊に鋭く響き渡り、若さゆえの直情的な提案を周囲に刻みつけた。
サムランは静かに振り返り、その瞳は水面のように穏やかだったが、その奥には測り知れない深さが潜んでいた。
「探知器か……あれはただの試験的な手段にすぎん。本当に正確なものがあるなら、一緒に持ってきてるさ。」
彼は淡々と答え、ゆっくりと頷く。
「確かに……君の言う通り、それは理論上では有効な手段だ。」
しかしその口調には、どこか皮肉めいた余韻が漂っていた。
彼は一拍置き、窓の外に広がる静寂の夜闇を眺めながら、まるで遥か先の未来を見つめるかのように呟いた。
「だが、それが成立するのは――この世界のすべての人間が、その力を欲していないという前提がある場合だけだ。」
「よく考えてみろ、」彼は低く、ゆっくりと言葉を紡ぐ。その声は静かだが、どこか重く、心に沈む。
「今、ニクス君がいるのは、人の出入りが激しい場所だ。そんな場所で我々が首飾りを奪ったら……他の者たちはどう思う?」
「敵にその様子を見られたら?それとも、仲間に疑われたら?利用されるリスクもある……それに、我々の中にも誰一人として“完全に信頼できる”とは限らない存在がいるかもしれない。」
その言葉が空気を震わせたように、兵士の表情に陰りが差す。
「まさか……我々の隊の中に、信用できない人がいると……そうおっしゃりたいのですか?」
彼の声には戸惑いが混じっていた。
サムランはすぐには答えず、肩をすくめた。淡々とした声で、どこか冷めたように、しかし誠実に言い放った。
「分からない。だが、“分からない”からこそ、全員を無条件に信じるわけにはいかない。」
「その石に宿る魔力は……あまりにも強大すぎる。世界を再び戦乱へと引きずり込むには、十分なほどに。」
短い沈黙ののち、兵士は静かに頷いた。若干緊張した面持ちだったが、目に宿る決意は固くなっていた。
そして、少し照れくさそうに頭を掻きながら、笑みを浮かべる。
「つまり……隊長は、少なくとも僕のことは信じてくれてるんですね?」
サムランはその様子を見て、やわらかく微笑んだ。
「当然だ。君は、私が選んだ兵士だからな。」
だがその次の瞬間、彼の表情はまた真剣なものに戻り、声にも重みが戻った。
「だが今は……目立たずに、首飾りの中に本当に魔法石が隠されているのかを確かめる方法を探さねばならない。」
兵士はその言葉に勢いよく頷き、目を輝かせた。
「じゃあ、隊長はもう策を練ってあるんですよね?」
その問いに、サムランは口角を少しだけ上げ、どこかとぼけたように答えた。
「いや……まったく思いついてない。」
そう言って両手を広げ、何とも軽やかに笑ってみせた。その笑顔の奥には、計り知れない策士の影が、わずかに揺れていた。
---