第44話 最終章「探りは終わった」
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「正確に言えば……今このスキルの唯一の効果は、あらゆる幻術に対して完全に免疫があることだ。」
幽霊の声が虚空から響くように、静かに部屋の中に広がり、見えない波紋を描いていく。
「ただし――実体のあるものを、あの空間に持ち込む力はない。」
彼は言葉を区切り、探るような口調で続けた。
「だから、ニックスはその魔法石をどうやって隠すつもりなんだ?」
窓辺の蝋燭が夜風に揺れ、柔らかな灯りがニックスの少し疲れた顔に影を落とす。彼はしばし黙りこみ、手のひらにある冷たく重たい首飾りをじっと見つめた。
「分からない……」彼は低くつぶやき、焦りと諦めの混じった声で続けた。「他の方法を考えるしかないな。」
ゆっくりと立ち上がり、彼は窓際へと歩み寄る。外の夜は墨のように深く、遠くに巡回兵の火がちらりと瞬いては消える。
「……あの獅子。真贋を見抜けるんだ。そこが一番厄介だ。」
窓枠に指を軽く叩きながら、ニックスは深い思考の中に沈んでいく。
「どうやって騙しきるか……」
「今回のは、おそらく試すための動きだったんだろう。」彼は静かに呟く。自分に言い聞かせるように、幽霊に話しかけるように。
「連中はすでに、魔法石の存在を感知できる何らかの装置を手に入れている。でも、あいつが言っていたほど精度は高くないはずだ。」
「魔法石が“誰の手にあるか”を正確に示すタイプの機器じゃなくて……どちらかというと、曖昧な探知機のようなものだろう。」
ニックスは振り返り、表情を引き締めた。
「おそらく、その装置は“このエリアに魔法石が存在するかどうか”しか感知できない。つまり、出どころまでは分からない。」
「だからこそ……連中がどうやって俺たちを見つけたのか、説明がつく。」
その瞳に一瞬の陰りが差し、言葉には警戒の色がにじむ。
「その探知器は――王都にしか存在しない可能性が高い。」
彼は深く息を吐き、絡まった思考の糸を静かに解きほぐすように言った。
「だから……俺たちが王都に戻ったとき、その探知器に魔法石の反応が出なければ、疑いは晴れる。」
ニックスは無意識のうちに首飾りを強く握る。冷たい金属の感触が、彼の心に静けさを与えてくれる。
「それに……やつがその場で魔法石を奪わなかった理由……」
彼の視線が微かに揺れ、声が少し低くなる。
「おそらく、騒ぎを避けたかったんだろう。もしこの件が他の者の耳に入れば、再び争奪戦が始まるのは時間の問題だからな。」
再び机の前に戻ると、彼はゆっくりと引き出しを開けた。その動作には抑えきれない焦燥感がにじんでいる。
「けれど今、一番大切なのは……」その目に静かだが鋭い光が灯る。
「この魔法石をどう処理するか――そして、あの雪獅子をどうやって騙すか、だ。」
──同じ頃。
ニックスの予想は、的中していた。
王都へと続く長い廊下の果て、銀の甲冑をまとった兵士が静かに戻ってきた。
彼は薄暗い廊下の奥に佇む人物に向かって、抑えた声で報告する。
「今回の試みでは……確実な証拠は得られませんでした。」
顔を上げると、その目には鋭い光が宿っている。
「だが、やつらが王都に戻ったとき……あの鍵型探知器で再び魔法石の反応が確認されれば――」
「その首飾りの中に、魔法石があるのは間違いない。」
「そうなれば、決定的な証拠になる。奴らは……逃れられない。」
その言葉と共に、長い廊下は再び沈黙に包まれた。
ただ、窓の隙間から吹き込む風だけが、銀の兜の下で消えきらぬ冷たい眼差しをそっと撫でていった。
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