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第44話 12 「風の兆し」




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二人はゆっくりと旅館の、黄昏色の明かりに包まれたロビーへと足を踏み入れた。年季の入ったシャンデリアが静かに揺れ、斑に揺れる影を床に落としている。ニックスは窓際の席に腰を下ろし、背筋を伸ばしたまま、指先をわずかに膝の上で丸めていた。平静を装ってはいるが、その微かに震える吐息が、彼の内に秘めた緊張を如実に物語っていた。


「その……今夜、僕にご用とは、一体何でしょうか?」


彼はできるだけ声を落ち着かせ、平常心を装って尋ねた。だが、その声色には、どうしても探るような不安の響きが滲んでいた。


サムランは彼の向かいの椅子に腰を下ろすと、銀白のマントを椅子の背に広げた。その姿はまるで、月光がそっと椅子に流れ落ちたかのようだった。彼はふっと微笑み、まるで親しげな旧友に語りかけるように柔らかい口調で言った。


「いやいや、そんなに緊張しなくてもいいんだよ、ニックス君。」

彼は軽く手を振るような仕草を見せながら続けた。

「大したことじゃないさ。そんなに構えなくてもいいし、それに、“あなた”なんて言い方はやめて、“サムラン”と呼んでくれた方が嬉しいな。その方が、僕たちの距離もぐっと縮まるだろう?」


椅子にもたれかかりながら、彼の金色の瞳が淡い灯りの下でかすかに輝いた。口元には穏やかで人懐っこい笑みが浮かんでいる。


「正確に言えばね、今日は君にお祝いを言いに来ただけなんだ。」


「少し前まで任務で遠方に出ていてね、話題になっていたあの——トーナメントを観に行けなかったのが心残りでさ。」


彼はゆったりとした語り口で、まるで昔話でも語るように言葉を綴る。


「聞いたよ。君たちのチームが見事に優勝したそうじゃないか。しかも、賞品まで手に入れたって。本当におめでとう。」


サムランの瞳がふと細まり、その視線が静かに深みを帯びていく。


「それでね、ちょっと気になってるんだ。その賞品って……どんなものか、僕もこの目で見てみたいと思ってね。」


その一言が落ちた瞬間、ニックスの脳裏にまるで雷が落ちたかのような衝撃が走った。思考が一瞬で白く塗り潰され、体がピクリとも動かなくなる。


おかしい、夢魔のことじゃない……賞品……そうか、魔法石を狙ってる!


やばい……でも、まだ奪いには来ていない。つまり、証拠は掴んでいない……落ち着け、ニックス、ここで見極めるんだ。


ニックスはこっそり舌先を噛み、思考を現実に引き戻す。ぎこちない笑みを浮かべながら、慎重に口を開いた。


「その賞品ですけど……正直言って、そんなに特別なものじゃないんですよ。」


わざとらしいほど無関心な口調で続けた。


「金属の質感もそれほど良くないし、細工も少し雑で……正直、あまり満足いただけるものじゃないかもしれません。」


「……あ、いや、“あなた”じゃなくて、“きみ”って呼んだ方がいいんですよね、サムロン。」


彼は慌てて言い直し、相手の反応をそっと窺う。

「それより、僕の仲間のエリッサの方が、よっぽど綺麗で凝った装飾品をたくさん持ってるんですよ。」


言い終える前に、その視線が鋭く刺さるのを感じた。まるで針のように突き刺さる沈黙。ニックスが顔を上げると、サムランが静かに彼を見つめていた。表情に動きはない。ただ、その瞳の奥には、じっと何かを見極めるような気配が潜んでいた。


「……わかりました。」

ニックスは無理に笑みを作りながら言った。

「今から、その賞品を持ってきますね。」


サムランは穏やかに頷いた。その顔にはあくまで礼儀正しい笑みが浮かんでいるのに、なぜか、背筋を冷たいものが這い上がってくるような感覚が拭えなかった。


「ありがとう、ニックス君。」

彼は優しく、しかしどこか不穏な声音で続けた。

「安心して。そんな貴重な品物、壊したりはしないよ。」



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