第44話 11 露見なき夜
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「そろそろ任務も終わる頃だろうな……まだ追手がいるって聞いたよ。」
ニックスは窓辺に立ち、静かな口調でそう呟いた。その声にはわずかな不安が混じっていた。夜風が窓の隙間から吹き込み、彼の垂れた髪をそっと揺らす。まるで空気そのものに、張り詰めた緊張が漂っているようだった。
「うん、私もさっき会ったよ。」
エリーサは水を注ぎながら、何気ない様子で答える。その声には、どこか感慨のような響きがあった。
「あの人、結構背が高くて、顔立ちも整ってるし、雰囲気もすごく冷たいの。全身が白に包まれてるみたいだった……瞳もマントも真っ白でさ。さすが国家防衛軍の隊長、圧がすごいわね。」
その言葉が落ちると、部屋の隅からシャーが現れた。柔らかな光の中で彼の姿はゆっくりと変化し、人間の姿へと戻っていく。
「もう終わったよ。」
彼はのびをしながら、気だるげに言った。肩を軽く回して、大きな荷を降ろしたような解放感を見せる。
「二人は仲直りしたし、大成功だな。ふぅ……ようやく一段落ってとこだ。」
「じゃあ、今日はもう休もうか。」
ニックスはうなずき、穏やかな声で言った。
「明日はあの二人を無事に街の外まで送り出すことだけを考えればいい。」
大きなあくびをひとつして、頬を軽く叩き、眠気を振り払おうとした彼は、自分の部屋へと向かって歩き出した――だが、ちょうど一階へ続く階段を降りようとしたその時、宿のフロントから声がかかった。
「ニックス様、こんばんは……こんな時間に申し訳ありません。あの……外に、あなたをお待ちの方がいらっしゃいまして……。」
「……俺を? 誰だろう。」
ニックスは足を止め、少し驚いた様子で振り返る。
「その方、あなたに“話したい大事なことがある”と仰っていました。」
ニックスの眉がわずかに寄った。「誰か、わかるのか?」
フロント係は少し躊躇いながらも、低く囁いた。
「……第一騎士団の大隊長のようです。」
その瞬間、ニックスの喉が渇き、反射的に唾を飲み込んだ。背中にじっとりと汗が滲み、首筋を伝って襟の中へと落ちていく。
「……わかった。今、行くよ。」
宿の扉を開けた瞬間、夜の闇はいつもよりも濃く感じられた。
彼の足取りは重く、思考はぐちゃぐちゃに絡まり合っていた。
(どうして今、俺のところへ? 夢魔のことか……いや、まさか……。まさか何か探知できる方法を持っているとか? でも、もし本当にバレてるなら、こんな風に呼び出す必要なんてないはずだ……。まだ……まだ余地はある。)
深く息を吸い込み、彼は広場の端に立つ一つの人影を目にした。
その姿はあまりにも見慣れていて、それでいて背筋を冷たくさせる。
月明かりの下、銀白のマントが夜風にそよぐ。サムロンはまるで彫像のようにそこに佇み、その背後には白銀の獅子が静かに伏せていた。琥珀の瞳がニクスをじっと見つめている――まるで魂の奥を覗き込むように。
「こんばんは、ニックス君。」
サムロンは柔らかな笑みを浮かべてそう言った。その声は、彼の立場からは想像できないほど優しかった。
「驚かせてしまってごめんね。本当は明日会おうと思ってたんだけど……近くにいると知って、どうしても我慢できなかったんだ。」
「ナイトたちと一緒にいるらしいね?」
彼は言葉の調子を少し変えた。試すようでもあり、何気ない会話のようでもある。
「今朝、彼らにも会ったんだよ。……こんな場所で立ち話をするのも、ちょっと疲れるだろう? よかったら中に入って、少し話をしよう。」
ニックスの指先がかすかに震え、額にはじんわりと冷たい汗がにじみ出る。
(バレてはいけない……まだ知られてないはずだ……)
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