第44話 08 白き獅子と偽りの微笑
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その一言を聞いた瞬間、サムランの瞳にかすかな興味の光が閃いた。それまでのどこか気だるげな表情が、途端に引き締まる。彼はゆっくりと振り返り、手を軽く上げて「座れ」と合図を送った。
「詳しく話してくれ。」
二人は石畳の中庭に置かれた籐椅子に腰を下ろした。傍らには雪のように白い獅子が静かに佇んでおり、その金色の縦長の瞳で目の前の兵士をじっと見据えていた。その視線には、微かに緊張を帯びた威圧感が漂っている。
「おまえは下がっていろ。この兵士が怯えてしまうだろう。」
サムランは優しく手を伸ばし、指先で獅子のたてがみをなでた。まるで主人の言葉を理解したかのように、獅子は低くうなり、堂々とした足取りで遠ざかっていく。やがて、その白い姿は蔦棚の影の向こうへと消えていった。
「さて――話してくれ。本当の情報は何だ?具体的に頼むよ。私は“詳細”が好きなんだ。」
その声色は柔らかでありながら、拒むことを許さない威圧感が滲んでいた。
兵士は頭を少し下げ、声を落として語り始めた。
「ご存知かと思いますが、先の魔法石暴走事件の後、王都では魔力の波動を感知する“魔法石探知装置”が設置されました。そして、ちょうど一ヶ月前……その装置が、突然反応を示したのです。」
サムランの瞳がわずかに細まる。言葉を挟まず、静かに聞き入っていた。
「しかし、反応は一日だけで、すぐにまた沈黙しました。当時は多くの者が装置の不具合だと考えましたが……さすが閣下の勘は鋭い。我々が調べたところ、その日王都を出たのは、三組のみだったのです。」
兵士は一拍置いてから、さらに続けた。
「そして数日後、探知装置が再び作動。今度はより明確な反応を示しました。二度の記録を照合した結果、完全に条件が一致したのは――わずか二組でした。」
「分析は要らない。もう把握している。」
サムランは少し眉を上げ、冷ややかな声で言った。「要点を話せ。」
兵士は緊張した面持ちで息を呑み、急いで口を開く。
「ようやく判明しました。そのうちの一組の構成員は四人――」
「ニックス、熟練の剣士。フィート、近接戦闘に長けた格闘家。アリーシャ、魔法使い。そして、“夏”と名乗る人物が一人。もう一組については――」
その言葉を遮るように、サムランの眉がピクリと動いた。
「――待て。今、アリーシャと言ったか?」
彼は何かの記憶を辿るように目を細め、低くつぶやいた。
「その名……覚えている。確か、以前ネイトと行動を共にしていたはずだ……」
ゆっくりと椅子から立ち上がると、彼は夜空に瞬く星々を見上げ、興味深そうに呟いた。
「なるほど。今回の彼らの目的地は……この城邦、というわけか。まったく、天が味方してくれたようだな。」
サムランの口元に浮かぶ微笑は、月のように穏やかでありながら、どこか冷たい鋭さを宿していた。
「占い師に聞いておいて正解だったよ。あの者が言っていた。“運命の転機はこの地に現れる”と。そして、ちょうどこの町には“夢魔”が潜んでいるという噂もある――都合よく滞在の理由もできた。運がいい。」
彼は振り返り、兵士に視線を向けた。その声はまるで雑談のように軽やかだったが、その裏には計算し尽くされた鋭さが垣間見える。
「行こうか。少し、“試して”みようじゃないか……この新しい訪問者たちを。」
「情報収集、ご苦労だった。」
その言葉と共に、サムランは完璧な笑みを浮かべた。しかしその笑みには、背筋を冷たくさせる何かがあった。
まるで、羊の皮をかぶった狩人が、優雅に狩りの幕を引こうとしているかのように。
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