第44話 07 サムラン
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「シャー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
帰り道、月明かりが揺れる小道を歩きながら、ニックスがふいに口を開いた。その声はいつもの気まぐれな調子とは違い、どこか真剣な響きを帯びていた。
「うん?どうしたの?」
シャーは軽く振り返り、銀の光を宿した瞳が静かに揺れた。
「君が魔物に変身する時……その瞬間ってどんな感じなんだ?どうやって変わって、またどうやって元に戻るのか、気になって。」
しばしの沈黙。
夜風が足元をすり抜け、周囲の空気が少しだけ重くなる。
シャーは一瞬目を伏せると、小さくため息をつき、どこか遠くを見つめながら静かに語り始めた。
「正直に言えば、自分から進んで魔物になりたいわけじゃないんだ。もっと正確に言うなら……それは“副作用”なんだよ。」
彼は立ち止まり、夜空に浮かぶ淡い星の光を見上げた。
その横顔はどこか儚く、そして静かに燃えるような覚悟をたたえていた。
「僕が他の魔物の魔力を使うとき、彼らの“魔力神経”がそのまま僕の体内に入り込んでくる。それによって力を借りることはできるけど……代わりに、外見や身体まで、少しずつ彼らの姿へと変化してしまうんだ。」
その声は穏やかでありながら、一語一語が芯のある重みを帯びていた。
「ただ、ザックから聞いたことがある。防衛軍には、“本物の魔物使い”と呼ばれる人物がいて、彼は魔物の力を扱っても姿が全く変わらないんだって。どれだけ強力な魔物のスキルを使っても、人間の姿のまま。」
その言葉に、ニックスの目がわずかに見開かれた。彼の視線は、いつになく真っすぐで揺るぎなかった。
「それだけじゃなくて、自分の“契約魔物”を召喚することもできるらしい。真っ白なライオン――まるで雪の精霊のような姿で、戦場を駆けるその姿は幻のごとく力強く、美しいんだって。」
シャーの口調には、ほんの僅かに嫉妬と憧れが混ざっていた。
「僕には、まだそんな繊細な魔力の制御はできない。魔物の姿になると、敵にも僕の力や弱点がすぐに知られてしまう。でも……それでもいいんだ。見た目を気にするより、もっと多くの魔物の能力を学んで、実戦で役立てたいと思ってる。」
彼は横目でニックスを見て、少し笑いながら問いかけた。
「でも……急にどうしたの?なんでそんなことを?」
ニックスは肩をすくめ、口元に曖昧な笑みを浮かべる。
「うーん、ただの好奇心ってことで。ある“目的”のためにさ。」
一拍おいて、彼の瞳が夜の奥へと鋭く向けられる。
「その“人の姿を保ったまま魔物を使える”魔物使い、名前はなんて言うんだ?」
シャーは少しの間考え込んだが、その時――場面は切り替わる。
朝の光がゆっくりと村の外れを照らし始め、エリーサとサンディが初めて立ち入るその場所に、一人の男の姿が現れる。銀灰色のマントを翻し、静かで重厚な気配を漂わせていた。
彼の足元を歩くのは、絹のような毛並みを持つ一頭の白きライオン。霧のようにたゆたう気配を纏いながら、確かな威厳と共に従っていた。
その男が村を後にしようとした瞬間、後方から兵士が慌ただしく駆け寄ってくる。
「サムラン様!魔法石の痕跡を発見しました!」
その声とともに、シャーの脳裏に電流のような閃きが走る。
「そうだ……彼の名前は、サムラン。」
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