第34話 15 過去はやがて煙となる
「お前、ほんとに堅物すぎるんだよなぁ。」
思い出が溢れる。
波のように押し寄せ、彼の心を浸していく。
「……なぜ、こんなにも?」
少年は小さく呟いた。
「なぜ、こんなにも……思い出してしまう?」
感情なんて、もうとうに必要ないはずだった。
なのに。
***
——あの日、雨は激しく降っていた。
空は黒い雲に覆われ、今にも崩れ落ちそうだった。
地面に降り注ぐ大粒の雨が、次々と跳ね返り、冷たい水たまりを作る。
市場は人影もまばらで、客足も途絶え、店の主人たちは次々と店じまいを始めていた。
しかし——
少年はそこを動かなかった。
ある店の前の階段に座り込み、膝を抱え、静かに雨に打たれていた。
どれほど服が濡れようとも、彼は動かなかった。
——ただ、黙って、雨の流れを眺めていた。
遠ざかる喧騒。
雨音だけが、静かに世界を満たしていた。
そんな中——
一つの足音が近づいてきた。
「……こんなところで何をしている?」
傘を閉じ、目の前に立ったのは店主だった。
少年は気配を感じ、ゆっくりと顔を上げる。
そして、微かに笑いながら、小さく呟いた。
「……こんにちは。」
彼の服はびしょ濡れで、額から雨水が滴り落ちる。
それでも、その顔には驚くほどの無感情な笑みが浮かんでいた。
「どこへ行けばいいのかわからなくて……ただ、ここに座ってただけです。」
店主は一瞬、言葉を詰まらせた。
そして、小さくため息をつくと、片手を腰に当て、呆れたように言った。
「……お前、前よりもひどくなってないか?」
少年の目がわずかに見開く。
何かを言おうとしたが、言葉は喉の奥で詰まり、出てこなかった。
店主はその様子を見て、ふっと肩をすくめると、店の鍵を取り出した。
「……もういい、強がるな。」
「入って、少し話でもしよう。」
「ちょうどな——俺も、まだ店の鍵をかけてなかったんだ。」
そう言って、店主は微かに微笑んだ。
「話してみろよ。お前の物語を。」
暖かな灯りの下、止まぬ雨音
テーブルの上に、一杯の温かいお茶が静かに置かれている。
ほのかに立ち上る湯気が、淡い黄色の灯りの中でふわりと広がり、柔らかな霧のように漂っていた。
窓の外では、雨音が途切れることなく続き、ぽつぽつと屋根や窓枠を叩いている。
まるで、言葉にできない過去の物語を静かに語りかけるかのように——。
店長はふっと小さく息を吐き、沈黙を破った。
「お前さ、あの子と何かあったんだろう? 喧嘩くらい、誰にでもあるさ。」
少年はすぐには答えなかった。
ゆっくりと首を振り、伏し目がちに湯飲みの中に揺れる自分の影を見つめる。
しばらくの沈黙のあと、彼は低くかすれた声でようやく口を開いた。
「そんな単純な話じゃない……色んなものが絡み合って、まるで絡まった糸玉みたいだ。どこから解けばいいのかさえ分からない……。言ったって、どうせ分かってもらえないさ。」
店長はそれを聞くと、口元に穏やかな笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「言わなきゃ分かるわけないだろう? でもな、お前が思ってるより、俺はお前のことをよく知ってるつもりだよ。お前の親父とは古い付き合いでな。あいつのことなら何でも知ってるし……お前のことだって、ずっと見てきたさ。」
そう言って、店長はじっと少年を見つめた。
その目には、深い理解と優しさが滲んでいた。
「この何年か……お前は随分と苦しそうだったな。毎日が辛かったんだろう?」




