第43話 14 窓の外に響くざあざあという雨の音。
第二天の朝、少年は重たい夢から目を覚ました。
頭が鈍く痛み、まるで昨日の混乱がまだ完全に消えていないかのようだった。
彼は額を軽く押さえながら、ぼんやりとした意識をはっきりさせようとした。
——だが、その瞬間。
目の前の光景が突然歪み、揺らめく光と影の隙間に、彼は見慣れた姿を捉えた。
——セレナ。
彼女は少し離れた場所に立っていた。
風に揺れる銀白の長髪。背を向けたまま、静かに佇んでいる。
その姿はあまりにも儚く、まるで薄い水の幕を隔てた向こう側にいるかのようだった。
少年の心臓がぎゅっと締めつけられる。喉の奥に熱が込み上げ、息苦しさが全身を襲う。
次の瞬間、彼は衝動的に手を伸ばした。
——掴まなければ。彼女を、掴まえなければ。
しかし、どれだけ手を伸ばしても、どれだけ必死に指を動かしても、彼の指先は彼女に届かない。
「セレナ!」
少年は叫んだ。声には焦燥と不安が滲んでいた。
だが——
彼女は振り返らなかった。
彼の声が届いていないかのように、ただ前へ、前へと歩いていく。
「どこへ行くんだ!?」少年は必死に問いかけ、気づけば彼女の後を追っていた。
「なぜ戻ってきたんだ!?何を伝えようとしているんだ!?」
けれど、セレナは何も答えない。
朝霧の中、彼女の姿はどんどん遠ざかっていく。輪郭がぼやけ、次第に霞んでいく。
少年の息が荒くなる。心臓の鼓動が痛いほど速くなる。
「……わかってる。俺……きっと、あの時の言葉がひどすぎたんだろう……」
彼は苦しげに唇を噛みしめた。
けれど、それでも。
セレナは歩みを止めなかった。
彼女は何も聞こえていないかのように、淡々と前へ進んでいく。
「お願いだから、俺の話を聞いてくれ!」
少年はついに駆け出した。
必死に彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。
——しかし、その瞬間。
セレナの姿はふっと、煙のように霧散した。
目の前で、儚く消えた。
***
少年は息を呑み、がばっと目を覚ました。
薄暗い部屋。
窓の隙間から、ぼんやりとした朝の光が差し込んでいる。
彼は天井を見上げながら、荒い息を繰り返した。胸が苦しい。汗ばんだ額を手で拭い、ゆっくりと自分に問いかける。
「……夢、か?」
しかし、指先に残る冷たさは、現実のものだった。
どれだけ夢だと言い聞かせても、あの光景はまるで本物のように脳裏に焼き付いていた。
まるで、セレナは本当にここにいたかのように。
まるで——彼女はまだ、どこにも行っていないかのように。
少年は静かにベッドを降り、階段を下りる。
そして、視線は自然と外に停められた小さな手押し車へと向かった。
昨夜の雨露に濡れ、静かに朝の光を受けている。
少年はそっと手を伸ばし、その木の取っ手に触れる。
指先に伝わるざらりとした感触。それが、彼の記憶を掻き立てた。
——セレナが、無遠慮に食べ物を持っていった日。
——二人で屋台を並べ、肩を並べて客を待っていた日々。
——彼女が、わずかに口角を上げ、茶化すように言った言葉。




