第43話 10 花が咲き、花が散り、花が枯れる
セレナの睫毛が微かに震え、やがて彼女は静かに首を振った。
「……違うの。」
彼女の声は風に消えそうなほど弱々しかった。
「ただ……君を殺したくないの……。」
「それだけ。」
少年の瞳から、一瞬にして光が失われる。燃え盛っていた炎は、冷たい雨に打たれて消え去ったかのように、静かに沈んでいった。
「……どうして……?」
彼は呟いた。その目には、言葉にできない絶望が広がっていた。
「どうして……そんなことを言うんだ……?」
彼の声はかすれ、指先が微かに震えていた。
「君は……僕がこの世界から解放される唯一の方法なんだ……!!」
「君が僕を殺さないなら……全部無意味になる……!!」
「僕たちが今まで過ごしてきた時間は……全部このためだったんじゃないのか?!」
彼の目が赤く染まり、唇がわずかに震えた。必死に何かを堪えているようだった。
「……君は……本当に……自分勝手だ……。」
彼は歯を食いしばり、低く呟いた。その声には、怒りとも悲しみともつかない感情が滲んでいた。
セレナはただ静かに彼を見つめ、長い沈黙の末に、小さく息を吐いた。
「……何を言われても構わない。」
彼女の声は穏やかだったが、そこには深い哀しみが滲んでいた。
「私は……君に手をかけられない。」
ゆっくりと瞳を伏せ、囁くように言った。
「自分勝手だと思うなら、それでいい。卑怯だと思うなら、それでもいい。」
夜の闇が彼女を包み込み、風が銀色の髪をそっと撫でる。
「もう……君のそばにいる理由はないよね。」
「だって……君は最初から、私に殺されることだけを望んでいたんだから。」
少年は何も言わなかった。ただ、立ち尽くしていた。
そして、静かに背を向けた。
「……行けよ。」
その言葉に、セレナの睫毛が微かに揺れた。
「……分かった。」
彼女はかすかに微笑んだ。その笑みは、ひどく苦しげだった。
「本当に……ごめんね。」
「約束……破っちゃったね……。」
「……でもね、私にとっては……この一週間が、世界を知ってから……一番楽しかった時間だったよ。」
「ありがとう……。」
彼女はそっと後ずさり、夜の闇へと消えていった。
「……さよなら。」




