第43話 09 破られた約束
---
少年の声は静かで揺るぎなく、夜の闇のように穏やかだった。
「……君がやりたかったこと、もう終わったの?」
セレナの声には迷いが滲んでいた。琥珀色の瞳がわずかに揺れ、彼の心の奥底を覗き込もうとするかのようだった。
「……終わったよ。」
少年はうつむき、静かに息を吐いた。その声には、どこか疲れと諦めの色が混じっていた。
「でも……意味なんてなかった。」
彼はかすかに微笑んだ。まるで自嘲するかのように。その声は、今にも夜風に消えてしまいそうだった。
「まあ、いいさ。こうなった以上は。」
彼はゆっくりと目を上げ、少女を見つめる。淡々とした口調の中に、一抹の促しが混じっていた。
「さあ、早くしてくれ、セレナ。」
「君の魔法で僕を魅了するんだ。それで……君は僕の魔力を吸収できるんだろ?」
彼は当然のように言った。ただの取るに足らない話をしているかのように。
セレナは静かに立ち尽くした。両手をゆっくりと上げると、指先に魔法の光が集まり始めた。淡い紫の輝きが掌の上で揺れ、かすかに震える彼女の指先を照らす。
しかし、次の瞬間――その光はふっと消えた。
「……どうした?」
少年は違和感を覚え、わずかに眉をひそめた。その声には戸惑いが滲んでいた。
「……君は本当に……死にたいの?」
セレナの声は小さく、まるで独り言のようだった。しかし、その言葉には複雑な感情が入り混じっていた。
「本当に……生きたくないの?」
その一言は、まるで稲妻のように少年の心を貫いた。彼の瞳がわずかに揺らぎ、勢いよく顔を上げる。
「……何を言ってるんだ?」
彼の声は低く、どこか不安を孕んでいた。
「まさか……君、今さら僕を殺したくなくなったのか?」
少年の目が大きく見開かれる。その問いの答えを探すように、セレナをじっと見つめた。
セレナの瞳は揺らぎ、迷いの色が濃くなっていく。
「……わからない……」
彼女はそっと首を横に振り、か細い声で呟いた。
「最初は……何も感じなかった。ただ、やるべきことをやるだけだと思っていた……。」
「でも……君の死が近づくにつれて、胸の奥に妙な感情が込み上げてきたの……。」
セレナはそっと胸に手を当てた。眉を寄せ、まるでその感情の正体を探るように。
「こんな気持ち……初めてなの。言葉にすることもできない……。」
彼女の声はかすかに震え、まるでこの感情を失うことを恐れているかのようだった。
少年はそれを聞くと、静かに一歩踏み出した。
「……僕を見て。」
彼の声は低く、どこか焦燥感を帯びていた。
「君は約束しただろう。僕を殺すって。」
彼の声はかすかに掠れ、微かな震えが滲んでいた。
「それが……僕がこの世界から解放される唯一の方法なんだ……。どうして今さら迷うんだよ?」
彼は一歩、また一歩と近づく。その声は次第に熱を帯び、祈るような、問い詰めるような響きを持ち始めた。
「僕はもう生きる理由なんてない……。君も分かってるはずだ……。」
彼の指が小さく震え、声が切実さを増していく。
「僕みたいな奴に……同情なんてするな!!」
夜風が彼の衣を揺らし、震える声をかき消していく。
「まさか……ただ僕と今まで通り楽しく過ごしたいから、殺せなくなったのか?」
彼の声には疑念と、わずかな怒りが滲んでいた。




