第43話 08 「砕けた鏡」
---
「これからのことは、僕が一人で行くよ。」
少年は足を止め、後ろを振り返ると、セレナを見つめた。
その声は静かだったが、かすかに緊張が滲んでいた。
「君は外で待ってて。」
今回は、いつものように窓から入るのではなく、少年はまっすぐに埃をかぶった正面の扉へと歩み寄った。
階段の隅には薄く積もった埃があり、しばらく掃除されていないことを物語っている。
少年は扉の前に立ち、深く息を吸い込み、ゆっくりと拳を握りしめると、静かに扉を叩いた。
重く鈍い音が夜の空気に響き渡る。まるで沈黙を切り裂くかのように。
しばらくすると、ギシリと音を立てて扉が開いた。
そこに立っていたのは、一人の女――ぼさぼさの髪、乱れた衣服、そして虚ろな瞳。
まるで時間そのものが彼女の存在を拒んだかのように、その表情には生気が感じられなかった。
少年の母親だった。
彼女はただじっと、無表情で彼を見つめていた。
その目は、懐かしさも驚きもない。ただ、そこに立つ少年の存在を確かめるように、無機質に。
少年は口を開きかけた。しかし、喉がひどく乾いていた。
伝えたかった言葉が、舌の上で絡まり、どうしても声にならない。
小さく息を呑み、震える指先をぎゅっと握ると、ようやく勇気を振り絞って口を開いた。
「……話したいことがあるんだ。」
しかし、彼女は何も答えなかった。ただ、呆然と彼を見つめるだけ。
静寂が降りる。
少年は視線を落とし、ポケットの中から小さな箱を取り出す。そっと蓋を開くと、中には銀色のネックレスが光を帯びていた。
ペンダントには、一輪の桔梗の花が静かに咲いていた。
「これ……君に。」
少年は慎重にネックレスを差し出した。まるで宝物を捧げるように。
指先はわずかに震え、拒まれることを恐れているのが分かった。
「僕……たぶん、すぐにいなくなるから。」
少年はそっと目を伏せた。その声は、まるで風に揺れる葉のようにか細かった。
「だから、これを君に渡したかったんだ。」
その瞬間、母親の瞳がかすかに揺れた。
彼女は静かに視線を下ろし、ネックレスを見つめる。
だが次の瞬間、彼女はゆっくりと顔を上げ、口元に冷たい笑みを浮かべた。
「……何が言いたいの?」
その声は、あまりにも静かで、逆に背筋が凍るようだった。
「こんなことで……私が許すとでも?」
少年は息を呑む。
「こんなことをして、少しは気が楽になるとでも思った?」
彼女の声が徐々に大きくなる。
「――全部、お前のせいだ!!」
彼女の目に、抑えきれない憎しみの炎が燃え上がった。
顔の筋肉が強張り、怒りと悲しみが混ざり合った表情へと変わる。
「お前さえいなければ……!!」
彼女の指が強く握り込まれ、爪が食い込むほどに震えている。
「お前がいなければ、私はこんなふうにはならなかった!!」
「お前がいなければ……全部、うまくいってた!!」
少年はただ立っていた。
何も言わず、何も反論せず、ただ静かに受け止めていた。
彼の手の中のネックレスが、微かに揺れる。
「だから……」
母親の声は、刃のように鋭く、少年の胸を突き刺した。
「お前のものなんていらない!!」
彼女は少年の手を乱暴に払いのける。
ネックレスは指先から滑り落ち、地面にぶつかる音が夜の中で響いた。
「見たくもない!!」
彼女は扉の取っ手を掴み、氷のような瞳で少年を睨みつける。
「もう二度と、私の前に現れないで……」
「お前なんて、見ているだけで……気持ち悪い……」
「消えろ……!!!」
バタンッ!!!
扉が閉まる音が、まるで世界そのものを断ち切るように響いた。




