第43話 07 夕影
「これ、綺麗だと思わない?」
少年は軽い調子で尋ねる。
まるで冗談めかすように、微笑みながら言った。
「セレナの方が、僕よりセンスいいだろ?」
セレナは黙っていた。
ほんの少しの間を置いてから、かすかに頷く。
少年はペンダントを指でそっとなぞる。
その仕草は、どこか優しく、慈しむようなものだった。
「……確か、彼女が好きだった色なんだ。」
桔梗の花に目を落としながら、彼は静かに呟く。
その瞳の奥に、淡い追憶が宿る。
「桔梗……って名前だったよな?」
「うん、やっぱり綺麗だ。」
セレナはまた小さく頷いた。
その表情は、何かを言いたげで、けれど言葉にはならなかった。
少年は多くを語らず、会計を済ませると、慎重にネックレスを小さな箱に収めた。
指先でそっと蓋を撫でる。
それは、彼にとってとても大切なものだった。
店を出ると、すでに夜の帳が降り始めていた。
街のネオンが次々と灯り、色とりどりの光が通りを染めていく。
二人の間には、長い沈黙が続いた。
ふと、少年が顔を上げる。
「なんか、今日は静かだね。」
彼は何気なく言った。
まるで、空気を和らげようとするかのような軽い口調だった。
「昨日から、ちょっと元気がないよね?」
「もしかして……体調が悪い?」
彼は少し考え、付け加える。
「っていうか……セレナって、そもそも病気とかするの?」
セレナはそっと首を横に振った。
やはり、何も答えない。
少年は彼女の横顔をじっと見つめた。
「もしかしてさ……」
「僕が死ぬのが嫌で、悲しいとか?」
からかうような口調でそう言った瞬間、セレナの瞳が大きく揺れた。
まるで心臓を撃ち抜かれたかのように、一瞬、息をすることさえ忘れたようだった。
何も言えなかった。
唇がかすかに震えたが、言葉は紡がれなかった。
少年はその反応を見て、一瞬驚いたように目を見開く。
けれどすぐに、軽く笑って肩をすくめた。
「冗談だよ。」
小さく石を蹴りながら、少年は呟く。
「君が僕の死を悲しむわけないだろ?」
「だって、たった一週間の付き合いだしさ。」
風が吹き抜ける。
少年はふっと笑い、どこか寂しげに目を細めた。
「君にとっては、ただ退屈な日常に戻るだけ。」
「……だから、元気がないのも、そのせいでしょ?」
セレナは答えなかった。
本当にそうなのか。
それとも、自分がそうであってほしいと思っているのか。
少年は、もう聞くことはなかった。
二人は静かに歩き続けた。
夜の光が降り注ぐ街を、彼の帰るべき場所へと。




