第42話 最終章 「夜色にとける君亅
精選された買い物を終えた後、二人はついに夜のプールへと足を踏み入れた。
ネオンの光が交差し、水面には色とりどりの輝きが映り込む。砕けた星々がプールの中に漂っているかのようだった。周囲は人で溢れ、笑い声や歓談が絶えない。煌びやかな水着に身を包んだ貴族たちはプールサイドに優雅にもたれかかり、手にしたシャンパングラスを軽く揺らしている。その光景は、まるで富と享楽に満ちた別世界のようだった。
小さな少年はプールの縁に立ち、周囲の光景を見渡しながら、眉をひそめる。
「……なんだか、場違いな気がするな。」
彼の声は静かに夜の空気に溶け込んでいった。
周囲の華やかな人々と比べ、少年はただのシンプルなスイムパンツを身につけているだけだった。模様も何もなく、飾り気のない姿がこの場にはあまりにも馴染まない。それに対して、隣のセレナは鮮やかな赤のビキニを身にまとい、ネオンの光を浴びて、そのシルエットがより一層際立っていた。
「それにしてもさ、お前、普段からほぼビキニみたいな服ばっかり着てるよな。」
少年は彼女をちらりと見て、何気なく言葉を漏らした。
「……ふーん? じゃあ、ずっと私の体を見てたんだ? やっぱりスケベなガキね。」
セレナは意地悪く微笑み、わざとらしくからかうような視線を送ってくる。
少年は一瞬言葉に詰まり、しかしすぐに無視を決め込んだ。
何も言わず、適当なベンチに腰を下ろし、肘を膝に乗せながら、プールサイドの喧騒をぼんやりと眺める。
「ここで少し休むよ。ついでに、今週どこに行けばお前が退屈せずに済むか考えとく。」
しかし、その提案はセレナによって即座に却下された。
「何言ってんの? せっかく夜のプールに来たんだから、一緒に泳がないとダメでしょ!」
彼女は瞳を輝かせながら、少しも迷うことなく少年の手を掴んだ。
「お、おい……!」
少年が困惑する間もなく、セレナは軽やかな足取りでプールサイドへと向かう。
「さあ、行くよ!」
少年は一歩後ずさり、拒否しようとした。だが、その瞬間——
ドンッ!
「うわっ——!?」
セレナに背中を押され、少年の体はバランスを失い、そのまま冷たい水の中へと投げ込まれた。
水が一気に視界を覆い、ネオンの光が揺らめく万華鏡のように滲んでいく。音も一瞬、遠のいた。
「私も行くよー! 深水爆弾っ!」
——ズドンッ!
上から勢いよく水が飛び散る。
セレナが豪快に飛び込んだ衝撃で、大きな水しぶきが少年の顔を直撃した。
「お前さ……もうちょっと落ち着けよ……」
少年は顔についた水を払いながら、ため息混じりにセレナを見やる。しかし、彼女はニヤニヤしながら、また水をかけてくる。
——その時だった。
「ドォン——!!」
突如、背後で炸裂音が響き渡る。
少年が振り向いた瞬間、夜空に無数の花火が咲き乱れた。金色、銀色、深紅、瑠璃色……鮮やかな光が闇を切り裂き、光と影が交錯する。
その壮麗な光景は水面にも映り込み、波紋とともに揺らめきながら、まるで無限の星々が流れていくかのようだった。
世界が、魔法のように美しく輝いていた。
少年は言葉を失い、その幻想的な景色に目を奪われる。
——ふと、隣に目を向ける。
セレナの横顔が、花火の光に照らされていた。
瞳の中に映るのは、夜空に散りゆく光の華。その瞳は、いつもとは違って見えた。からかいの色も、軽薄な笑みもなく、ただ透き通るような美しさを湛えていた。
……まるで、夜空の宝石みたいに。
少年の心が、一瞬だけ揺れた。
ありえない……
こんな場所で、こんな状況で——
俺が、“楽しい”と感じるなんて?
少年は驚きを隠せず、しかし、気づけば微かに口元が緩んでいた。
自分でも気づかぬうちに、笑っていた。
——その刹那、
「ほら、ボーっとしてないで!」
セレナが再び水をかけてくる。悪戯っぽい笑顔が戻っていた。
「気を抜いてると、沈めちゃうわよ?」
少年は軽く息をつき、手を水面に浸す。
「……誰がやられるかよ。」
次の瞬間、勢いよく水しぶきが舞った。




