第42話 19 「まだ水着買ってないぞ。」
二人は名も知れぬ小さな宿に足を踏み入れ、ひとまず腰を落ち着けた。
そして再び街へ繰り出したときには、すでに空がうっすらと暗くなり始めていた。
橙紅色の夕陽が高層ビルの隙間からこぼれ落ち、華やかなこの都市に一抹の温もりを添えていた。しかし、それはまるで場違いな幻のように儚く、すぐに夜の帳へと溶け込んでいく。
この時間になると、街の賑わいはさらに熱を帯び、人の流れは昼間以上に密集していた。
ネオンが瞬き、屋台の商人が威勢よく客を呼び込む声、酒場から響く笑い声、街角で奏でられる旋律——それらが折り重なり、喧騒と活気に満ちた一つの楽章を作り出していた。
少年は周囲を見回し、わずかに眉をひそめると、隣にいるセレナへと視線を向けた。
「もう夕方か……」
「食材の準備もまだできてないし、しばらくは屋台を開けそうにないな。」
彼は一瞬思案するように沈黙したが、すぐにセレナの瞳に宿るわくわくした光に気づき、思わずくすりと笑った。
「……で? 今は何をしたいんだ?」
「そんなに楽しみで仕方ないって顔してるけど。」
セレナはぱちりと瞬きをし、ふっと唇を持ち上げる。
「うーん……あなたのこと、けっこう気に入ってるのよねぇ。」
さらりとそんなことを言いながら、どこか悪戯っぽい光を瞳に宿していた。
少年は一瞬、言葉を失い、すぐに警戒するように眉を寄せた。
「……また何を企んでる?」
セレナは腕を組み、肩をすくめながら、どこか余裕のある笑みを浮かべる。
「なーんにも。ただ、あなたって私のことよく分かってるなって思って。」
「でも実際はね、あなたの顔に全部書いてあるのよ?」
彼女はわざとらしく声を伸ばし、くすくすと楽しそうに笑った。
少年は呆れたようにため息をつき、指先でこめかみを揉む。
「……まあいいさ。確かに、ここにはいろんな遊びがあるしな。」
そう言いながら、ポケットから一枚の地図を取り出し、ざっと目を通した。そして、ある一つのマークを見つけると、興味深げに片眉を上げた。
「そういえば、地図を見たときに気になったんだけど——この街にはナイトプールがあるみたいだな。」
少年はセレナを見やり、口元に淡い笑みを浮かべる。
「行ってみるか?」
「なんか面倒そうな……」
少年が言いかけたその瞬間、セレナが勢いよく口を開いた。
「じゃあ、今すぐ出発ね!」
「ナイトプールってどんな感じなのか、ちょっと気になるし。」
「お前な……」
少年は呆れながらセレナの軽快な足取りを追いかけるが、ふと思い出したように立ち止まる。
「……って、おい、待て。」
「まだ水着買ってないぞ。」




