第42話 09 生きる意味
「確か、こいつは『ロブスター』とか言うんだったか……最近になって市場に出回るようになった種類の食材さ。ずっともったいなくて食べられずにいたけど……」
少年はゆっくりとセレナを見つめ、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「今日は本当に助かったからな。お礼として、ちゃんともてなすべきだと思ったんだ。」
セレナはその言葉を聞き、興味深そうに眉を上げる。
「へぇ……意外と義理堅いじゃん?」
「昨日なんてまともに飯も食ってなかったし、今日はやっと腹いっぱいになれそうだな。」
セレナは気怠そうに伸びをしながら、楽しげに言った。
二人はさっそく料理を並べ、肉を一口ずつ口に運ぶ。
だが、噛んだ瞬間、セレナは微かに眉を寄せた。
「……ん? なんかこの肉、ちょっと硬くない?」
少年は一瞬固まり、次いで咳払いをすると、視線を逸らしながら小さく呟いた。
「……ごめん。賞味期限は三ヶ月って聞いてたけど……まあ、ちょっと時間が経ちすぎたかもな……」
セレナはそんな彼を見て、くすっと笑い、軽く手を振る。
「気にしないで。私にとって、食べ物は食べ物だし。何を食べても、味なんて全部一緒だからね。」
少年は驚いたように彼女を見つめた。
「……慰めてるのか?」
彼は少し考え込むように呟いた後、ふっと笑った。
「まさかお前がそんなことをするとはな。」
部屋にはしばらく静寂が訪れた。窓の外からは夜風がそっと吹き込み、かすかな音を立てる。
やがて、少年は視線を落とし、手元の食事をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
「なあ……ちょっと個人的なことを聞いてもいいか?」
彼は少し間を置いた後、ゆっくりとセレナの方を見た。
「別に、答えなくてもいい。聞かなかったことにしてもらっても構わない。」
少年は深く息を吸い、夜の闇を見つめながら、静かに問いかけた。
「……お前は、何のために生きてるんだ?」
「何か、どうしても成し遂げなければならないことがあるのか……それとも、ただ生きているだけなのか?」
少年は俯き加減に呟いた。その声は夜風に溶けるように儚く、どこか掴みどころのない迷いが滲んでいた。指先は無意識に机の上をなぞり、虚ろな瞳はどこか遠くを見つめている。まるで、闇の中に答えを探し求めるように。
「……分からない。『生きる』って、一体なんなんだろう。」
掠れるような声。だが、その奥には、長い間胸の奥にしまい込んでいた疑問の重みがあった。
「昔の僕は……その答えを知っていると思っていたんだ。」
ふっと微笑む。しかし、その微笑みはどこか切なく、苦い色を帯びていた。
「でもさ、現実に触れた瞬間に、それが全部崩れたんだ。」
少年はゆっくりと視線を上げる。その瞳には、かすかな戸惑いと、過去への追想が揺れていた。
「まるで……必死に握りしめた砂みたいに。どんなに強く握っても、指の隙間から少しずつ零れ落ちていく。」
彼は無意識に拳を握りしめる。指先に感じるのは、かつて信じていたものが崩れ去っていく感触。
「そして、気づけば何も残っていなかった。」
彼の声は次第に低くなり、そこには言葉にできないほどの疲労が滲んでいた。それは、ずっと心の奥底に積もり続けたものを、やっと口にしたような声だった。
「……そうして、生きる理由がなくなった。」
そっと目を閉じ、長く息を吐く。その仕草には諦めにも似た静けさがあった。
「うん……もう、意味なんてないんだ。」
ガラスのように繊細で、触れれば壊れてしまいそうな言葉だった。
「今の僕にとって、『生きること』は……ただ『別の形の死』でしかない。」
静かに目を開ける。窓の外に広がる夜の闇が、その瞳の奥に映り込んでいた。
「それなら……生きる意味って、一体なんだろう?」
問いかけながらも、彼は誰かの答えを期待しているわけではなかった。
「やりたいことができるわけでもなく……そもそも、何をしたかったのかさえ、もう思い出せない。」
声は低く、どこか乾いていた。まるで、使い果たした力の最後の余韻が夜の静寂に溶けていくようだった。
「ただ……『生きるために生きている』だけなのか?」
少年はゆっくりと目を伏せた。僅かに口元が持ち上がるが、そこに笑みの色はなかった。




